←前 次→

第32回1000字小説バトル Entry25

一寸

 21世紀生まれの私が会社に入った頃は、「えぇーっ、僕も年取ったなぁ」なんて先輩に言われたものだったが、今じゃそれも遠い昔の事だ。そんな私も来月には定年だった。

 子供が出来たと電話を受けたときには、女房の顔を思わず見てしまった。私が外で誰かとそんな事をいつしたっけかなぁ、なんて考えて、そりゃ何かの間違いだろうと思い直し、そんなはずは無いと電話口で泡を飛ばしていると、女房に受話器を取られてしまった。
 女房は受話器を抱え込んで、一向に話をさせてくれないから、私は最近御無沙汰だからといって、外でそんな事をした覚えもないし、第一出来ない等と考えていると、女房は勝手に電話を切ってしまった。
「私だって話たかった」と怒る私を尻目に、女房は内容を話してくれた。
 どうやら子供といっても、女房のお腹を痛めた子でもなければ、私のタネを受け継いだ子供でもなかった。最近巷で流行りだした親指太郎の事らしい。あぁ、そういえばそんな申し込みをしたような気もする。最近物忘れが激しくて、ぼにゃりとしか覚えていない。
 親指太郎は、ただ単に人間を小型化しただけの生物で、能力は殆ど人間と変わらないという。大人になっても4センチ程の大きさにしかならない。まぁペットのようなものである。
 ただペットとはいっても人間としての出生証明も必要だし、大きくなれば税金だって払う必要がある。子供のいない夫婦にとっては、科学というか医学の大きな進歩である。
 人間の皮膚から作り出されたクローン人間モドキである親指太郎は、勿論クローンとはいっても、欲しいと願う人間に合わせて性別が選べたから、夫婦の両方の皮膚から遺伝子を取りだし、親指太郎やら親指姫が作り出され、子供のいない我々には、まさに天からの授かり物だった。

 子供は家に来た日付と昔話から、法師と名付けた。
 法師は可愛くて大事に育てたが、誤って踏んでしまっても平気で、テーブルから落ちても怪我ひとつしなかった。なんでも虫と同じで身体が小さい分だけ丈夫だという。
 知能指数は我々夫婦の子供なのに異常に高い。きっと遺伝子操作のせいだろう。

 法師は小さかったが成長した。

「お父さん。お母さん。お願いがあります」
 ある日突然、法師が改まった様子で、私達の前に正座した。
「僕はネオ京都へ行って、立派な人になりたいと思います。行かせて下さい」
「頑張ってね」
 妻は当たり前の様に、針で作った刀を渡した。

←前 次→

QBOOKS