第32回1000字小説バトル Entry27
丸三日の泊まり込みが終わり、夕刻帰路につく体は、疲労感に満ちていた。仲間の目を盗んで購入した娘への誕生日プレゼントを忘れずに携えていたのがせめてもの救いだ。大通りを下れば、駅はもうすぐだ。目前に自動改札機が迫る。多少の違和感を感じながらも定期券を滑り込ませる。
「ブー」自動改札の扉が閉まり、私は拒否された。しばらくして現われた係員は、改札機の側面を開き、私の定期券を取り出した。
「これ、電車の定期券じゃないっすか」係員は定期券を玩びながら呆れ顔で言った。「ここ電車の改札じゃないんすから、ちゃんと時制局の通行券で通って下さい」
「ジセイキョク?」要領を得ない私に説明する代わりに定期券をつき返した係員は、「他の方の迷惑になりますから、とにかくそこをどいて下さい」と言い残し、どこかへ行ってしまった。確かに私の背後には自動改札を通過せんとする人々が立ち往生して、それぞれに非難の視線を投げかけていた。
わけのわからない私は、とにかく人波から離れ、辺りを観察した。確かにそこは、私が通勤に用いている路線の駅ではなかった。ずらりと並んだ自動改札機の色や形も見慣れたものとは違っていた。通常であれば、駅名が書かれてある場所には「時間管制局改札所」と看板が掲げられていた。不意に肩口をつつかれ振り向くと丸眼鏡をかけた男が満面に笑みをたたえて佇んでいた。
「あっあんた、本当に時制局のこと知らないのかい。結構なニュースだったのに」その後の丸眼鏡の話は、真に驚愕に値するものであった。
政府は税収の伸び悩みに対する打開策として時間への課税を決定し、時間管制局を設立。明日への通行料を徴収するシステムを確立し、通行券販売を開始した。通行券無しには明日を迎える事は出来ない。もちろん、回数券、定期券、周遊券やタッチアンドゴーのプリペイド券も整備された。
ここまで一気に語った丸眼鏡は、もうすぐ事務所が閉まるから、回数券や定期券の購入は不可能であり、通行券を購入するには、自動販売機の長蛇の列に最低でも三時間半は並ばなくてはならないという絶望的な状況も説明してくれた。
「でもね、魚心あれば水心。ここにちょうど余った通行券があるわけです」丸眼鏡の奥の瞳が狡猾に光り、私は彼の真意を悟った。
プレゼントを携えて帰宅を急ぐ私に選択肢はなく、丸眼鏡から言い値で券を購入した。
自動改札は通行券を飲み込んで、私は高価な明日に向った。