第33回1000字小説バトル Entry10
私は夜の海が好きだ。
昼の海はきらきらまばゆい光を乱反射させて、あたかも磨き上げられた鏡面の如き美しさで私に迫ってくる。波はこれでもか、これでもかと規則的にしかも果てしなく打ち寄せ打ち返し、そこには一片のやましさも何もない。
そこにあるのは、ただ実に健康的な正しい迫力のみである。
夜の海は、昼とは全く違う表情を見せる。
暗闇に光る波には粘り気があるように見え、触れればねっとりと手にからみついてくるようだ。
太陽の下では規則正しくひびく波の鼓動も、月光の下ではどこか気だるさをともなう。もうやめようか、もううちよせるのをやめてしまおうか。そんなつぶやきが聞こえるようだ。
波に濡れて光る砂はどことなく鈍い輝きを放ち、しかしその水面は月光を反射してただ美しい。
下弦の月夜、午前2時。決まって私はこの浜辺にやって来る。
出かけると言っても海は家の目前、寝間着につっかけでふらっとさまようだけだ。
山際にある少し大きな岩。そこに腰掛けて私は潮が満ちるのを待つ。
凪いでいる水面にさわさわと気配が走り、そしてもう私の後ろにはあなたがいる。
あなたは私のそばにそっと近づき、静かに岩に腰を下ろす。2人並んでただ海をみる、ただそれだけ。
私はあなたの目をそっと見る。あなたも私の目を見つめている。日常生活では他人の目をまっすぐ見つめる事ができない私が、なぜかこの時だけはあなたの目を真正面から見つめる事ができる。
あなたの目の中にゆらぐのは・・・この夜の海よりも更に暗く、深い闇。
その救いのなさに耐えきれずに私は目をそらし、波打ち際に歩き寄る。粘性のある波を手ですくう。手のひらの中の水はとどめられずにただ指の間からこぼれゆくばかり。それが切なくて、私は何度も波をすくう。
何度も何度も水は指の間から落ちていく。耐えきれずに後ろを振り返ると、もうあなたはいない。
言葉を交わすこともなく、手を触れることもない。ましてやそれ以上などと。
その理由は私だけが知っている。現実世界で会ったことがないあなたの体はこの海の底奥深く。ついこないだのことか、何百年も昔のことか、それは知らないしどうだっていい。あなたは私と邂逅するためにこうやって砂浜に姿を現す。互いに惹かれ、かよいあう魂がそこにはある。
それ以上でも以下でもない、それだけでいい。
天空には下弦の月、ほのかに浮かび上がるのはさっきまであなたが確かに座っていた岩肌と、なまめかしく濡れた砂浜。