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第33回1000字小説バトル Entry32

八朔

 「これ、召し上がらない?」
 お見舞いのおすそ分けだろうか、同じ病室の婦人が私に八朔を差し出した。
 「あ、いただきます。大好きなんです」
 私が言うと、彼女はにっこりと笑って、よい香りのその実を二つ置いていった。上品な笑い方が、どこか母に似ている。そういえば、八朔は母の好物だった。子供の頃は、どうしてこんなすっぱいものが好きなんだろう、と不思議だったものだが、いつの間にか私も好んで食べるようになっていた。
 母が私を産んだ年齢を、すでに5歳こえた。最近、自分と母との共通点に気づくことが多い。珈琲の角砂糖の数。高所恐怖症。若白髪。これほど仲の悪い母娘はそういないはずなのに、血は争えないということなのか。それとも、母の呪いのせいなのか。

 昭和一桁生まれの母は、当時の女性には珍しく、下宿までして一流大学を卒業した。しかし、卒業してすぐ父と結婚し、そののち家庭から出ることはなかった。高い理想を娘に押付けて専制君主のように振舞う母に、彼女の過去を知った私が叛旗を翻したのは、高校生の頃だった。あなたはいい大学に行けというが、あなたのような母親になるための学歴など、私は要らない、と。
 東京の専門学校に通うために家を出る前の晩、母と私は最後の大喧嘩をした。結局、私たちは和解することはなく、翌日の朝、出て行く私に母は、呪いの言葉を吐いた。
 「お前は私にそっくりだ。嫌いな母親に自分が似ていると気づくとき、お前はゾッとするだろうよ。そして、いつかお前の娘も母親に反抗するに違いない。そのとき後悔すればいいんだ!」

 以来、私は母に会っていない。私が帰省すると、母は他所に出掛けてしまうのだ。精神がすこし病的になった母のことは、父を通じて気にしていたが、就職してからその余裕もなくなり、そのうちに母は亡くなった。母もまた、父との結婚を祖母に反対され母娘の縁が切れていたことは、後から知った。

 八朔は、ひやりと冷たくてすっぱくて、おいしい。どうやら、母の呪いの半分は成就しつつあるようだ。しかし、もう半分は決して成就はしない。私の生殖器官は、私の命のために取り除かれたのだ。母から娘へ受け継がれる不幸はもはや無い。心に巣喰う喪失感や、母に似てくる嫌悪感など、これに比べれば些細なことだ。

 (私の勝ちよ、お母さん)

 ベッドで八朔の薄皮を取りながら、もし母が生きていればこの結末を喜んだかもしれない、と、ふと思った。

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