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第33回1000字小説バトル Entry38

狂戦士は狂馬に乗って

 陣幕の内で、狂戦士は高く兜を掲げる。静かに降ろし、頭へ被せた。
 中で何かがごとりと引っかかる。
(何?)
 手甲だった。そっと右手を動かすと、手甲もごりりと動いた。
(なぜ右手が頭に。俺は両手で兜を掴んで)
 だが狂戦士は、実は自分が右手も左手も兜を掴んでおらず、なぜか地面に尻を着け、高く両足を掲げているのに気付き慄然とする。途端に彼は態勢を崩し、ごろりと背中へ転がった。鼻と顎が地に擦られる。
(なぜ顔を擦る。俺は背中から転がって)
 なぜ、なぜと繰り返しつつ、狂戦士はごろごろ陣幕から転げ出た。顔に兜が嵌って取れぬ。周りでは戦友どもが彼を残して出陣して行く。
「おお狂戦士殿は、はや狂い始めておるぞ」
 狂戦士殿だと。もっと他の呼び方は無いのか。
「狂戦士殿、お先に!」
「頼みますぞ、狂戦士殿」
(馬鹿にしてるのか)
「ぃヤアァッハア!」
 かけ声高く、ばかばからと駆け抜ける蹄の音が兜に響き、狂戦士の鳩尾を締め付けた。(早く、馬に)狂戦士は叫んだ。「狂馬、来たれ狂馬よ!」自分の馬にそんな呼び方があるかとも思ったが、他に呼名を知らなかった。ばろろうと背中から狂馬が飛び乗ってきた。「たわけ!」狂戦士は一喝して狂馬にしがみつく。
 狂馬は狂戦士を落とさんと太首をぶんぶん打ち振るが、首は腿やら肩やら随所にわたり、打ち鳴らす歯も尻に生えたりで全く気色が悪い。実に気色が悪いと狂戦士は思い、どこまでが彼か馬の事か判らないのに戦慄する。汗ばむ背中か蹄だかがむず痒く、堪らずぱからっと嘶けば割れた甘味と腰の眉毛も鮫肌のよう。
 何だか分からぬものと化した狂戦士は、そのまま戦場へと転がっていく。だがそこには村人どもが集っていて、下品な喚声をあげるのだ。
「今年も見事な狂いっぷり」「酒、酒だ」
 おい? 戦はどうした。
 同時に狂戦士は自分の体の拡がり始めるのを感じていた。(いかん)(いかん)と耳やら踵やらがてんでに焦り出す。その上に乗った村人の三々五々酒宴を始めるに至り、何をすると狂戦士は怒り叫び喚くのだが、そのたび村人は天晴とか日本一とか褒めるので、ああ何ともなれ、一世一代の狂い様、とくと御覧じろと全身うち振るわせば、山肌に広がる狂戦士の頭先から足元まで、一斉に舞う染井吉野の花吹雪。
 どおと拍手が沸き起こる。
(そうか、俺は花だったか)
 次第に思考をはっきりさせながら、意識は薄れていく。
 合間に、新緑が芽吹き始めていた。

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