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第34回1000字小説バトル Entry15

花のまぎれに

 山かぜに桜ふきまきみだれなん 花のまぎれに君とまるべく
   僧正へんぜう

 少年が歩いていると桜の下に少女が落ちていた。
「…あのう」
「私は桜の精だから」
「は?」
「さくらの花の傍に居ないと死んじゃうんです」
「ははあ」
 五分咲の桜の向こうに煙が棚引いていた。それで彼は桜の精霊の誕生過程を察したが、術なくその場を立ち去った。

 その年は桜の咲いた後気温の低い日が続いたから、桜は中々散らなかった。
 次の日も、その次の日も少女はそこで眠っていた。
 次の日も、また次の日も少年はそこに行き続けた。
 確かに春の宵を紡いで作った様な美しい顔立ちの少女だった。少年はそこへ行き、どう見ても近所の女子校の制服を着た精霊の傍に黙ったまま座り続けた。
 少女はあの日煙が上がっていた方角から顔を動かさなかった。

 風がやって来た。
 少年は学校を生まれて初めてサボって少女の道へ走った。少女は桜の降る中に立ち尽くし、その中に今にも溶けてしまいそうだった。
「桜の事なんだけど」
 荒い息で少年は言う。
「山かぜに桜ふきまきみだれなん 花のまぎれに君とまるべくって古今和歌集の句、知ってる?」
 少女は視線を外したまま頭を振る。
「僕は、古今の中でこれだけは好きなんだ。離別歌ってジャンルに入っててね、それ、大概泣いたり喚いたりする歌なんだけど、これは違うんだよ。
 作者は何処かに突っ立ったまま、桜の中去って行く、二度と会えない誰か大切な人を見送っている。
 彼は動かないし、多分彼の感情も心のそこで凍えたまま微動だにしない。そんな自分の代わりに桜の花びらが流れる事を願うんだ。自分は行けない遥かな場所迄、自分の動かない感情では捕まえられない叫びでもって、その人を散り降る桜が確かに追い掛ける様に。
 僕はそういう歌だと思ったんだよ。
 …君と同じ様に燃えるお父さんをこの場所で見乍ら繰り返しそう思ったんだよ」
 桜の花びらの散る先には火葬場の煙があった。二年前の春、少女と同じ様に少年は泣く事も出来ずにこの道に一人で立っていた。
 少女は少年を初めてちゃんと見た。それから息を詰める少年に向かって静かに言った。
「今度あなたの家に行ってみても構わない?」
 少年が頷くと、少女は果たして破顔した。

 結局、少年の家のカレンダーの一つを常に三月にする事で当面の折り合いはついた様だ。
 だから初夏の新緑の中を歩く二人の後ろ姿で、この物語は終わるのである。

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