←前 次→

第34回1000字小説バトル Entry18

『捩子巻き時計』

          人は誰もが、捩子巻き時計。
          自分ひとりじゃ捩子も巻けない、捩子巻き時計。


 わたしは彼に言った。
「きっと、何処にも行けないよ」
 彼がわたしを振り返る。
「……べつに、どっかに行きたいわけじゃないよ」
「そう?」
「そうだよ」
「そうは見えないけど?」
「……僕がどこに行きたいってのさ?」
「さあ?」
「……さあ? って、なんだよ」
「あなたが行きたい所を、わたしが知るわけ無いじゃない」
「じゃあ、なんで僕が何処かに行きたがってるなんて思うのさ?」
「だって分かるもの。あなたが此処じゃない何処か、わたしじゃない誰かを見てるってことは」
「…………」
 彼は答えない。
 わたしも無言。
「…………」
「ごめん」
「あやまらないでよ。図星だって言ってるようなものじゃない」
「……うん。ごめん」
「だから、あやまらないでって」
「……うん」
「…………」
「…………」
「行きなさいよ」
「でも――」
「いいから! ……早く行きなさいよ」
「……うん」

 ガチャリ

 扉を開けた姿勢で、彼は立ち止まる。
 わたしは一寸だけ期待する。
「さよなら」
 ――当たり前か。
「……バカ。もう行きなさいよ」
「うん」

 バタン

 わたしは膝に顔を埋めた。
「バカはどっちよ……」


          時計の捩子が巻き戻っていく……


『ねえ、君、なにしてるの?』
『……別に』
『暇なの?』
『……別に』
『僕も暇なんだ』
『…………』
『空、きれいだね』
『…………』
『風、気持ちいいね』
『…………』
『君、友達いる?』
『……ひとり』
『そう。僕もひとり、友達がいたんだ』
『……過去形、なの?』
『うん』
『……そう』
『…………』
『…………』
『ごめんね。突然、こんな話しちゃって』
『ううん、かまわない』
『そう? ありがとう』

 そう言って笑った彼の顔を見た時から、わたしの時間は始まった。
 彼が、時計の捩子を巻いてくれた。
 ――でも、もう彼はいない。


          捩子がゆっくりと巻き戻っていく……


 もうじき、わたしは止まる。
 また、誰かが私の捩子を巻いてくれる時まで、わたしの時間は


          また、止まる

←前 次→

QBOOKS