第34回1000字小説バトル Entry20
最近年のせいだろうか、酒を飲んだ時のことをすっかり忘れてし
まうことがある。仕方がないので一緒に飲み歩いた連中の話を繋げ
ては『ああ、楽しかったんだな』と納得するようにしている。
たとえ覚えていたところで、大した意味はない。どうせ朝に残さ
れているものと言えば、ツンとくる小水の臭いとアセトアルデヒド
による目眩と脱力感。いくらいい女と旨い酒を飲んだところで、す
べては水泡のごとく消え去った過去……。
ならば、別に飲みに行かなくても同等の感覚は十分味わえるので
はないだろうか。朝の目覚めがいい分、この方がまだましかもしれ
ない。健忘による自らの『老い』を痛感する必要もないのだ。
全く経験のない事柄ならば、想像の域を出ないだろうが、二十年
以上も酒を飲んでいると、幸か不幸かある程度幻想の世界に浸れる
だけの記憶の欠片はまだ残っている。格別大そうな贅沢をしたいわ
けではない。気の置けない仲間達と庶民的な酒場を二、三軒梯子酒
が出来さえすればそれでいいのだ。もちろん一品か二品程度なら食
べたこともない飛び切りのネタを堪能することはできるし、望むの
ならば話を聞いてくれる女達を登場させるのも自由だ。
ただし。ここで肝心な点は、その感覚を分かち合うに足る『仲間
』が必要なことだ。ただ一人だけでイメージしては単なる妄想でし
かない。リアリティーのある思い出を築き上げることは不可能なの
だ。
かと言って、相手は誰でもいいと言うわけでもない。共通の哀愁
を身に纏った『真の男達』のみがその失われた過去を共に語らい、
同じ思いを体感することが出来る『同士』なのだ。
「あのぉ……」
「君らは解ってくれるよね? この気持ち」
「でもぉ……。おい! お前何とか言えよ」
「おっ俺に振るなよ!」
「ううう。課長、もうやめませんか! 辛いっスよ」
「君ら……、いくら?」
「一万っス」
「自分は二万五千円ですよ。今月相当やばいです」
「私は、四万だよ?」
「もう、帰る電車賃しかないっス」
「だからさぁ。飲みに行ったってことにしようよ」
「……」
「何か違うけどなぁ」
「だからねぇ、今晩泊まらせてよ」
「えぇ。またっスかぁ?」
「ね、ね。三人で飲みに行ったってことにしてよ」
「空しいですね」
「かぁちゃんには競馬のこと内緒だから、ね?」
「また俺達『悪役』っスかぁ」
三人は最終レースを待たずに、オケラ道を駅に向かって歩いて行
った。
また一つ新しい物語が生まれようとしていた。