第34回1000字小説バトル Entry21
「青信号です。発車致します。手摺におつかまりください」
朝靄の中を、俺の運転するバスは軽快な走行を続ける。
「地球温暖化防止の為、無駄なアイドリングなど決して致しません」
「そりゃそーだ。いいぞ。運転手!」後方から声が飛ぶ。
俺のバスに乗って理由なく終点のバス操車場までついて来る客が最近増えた。
会社側も頭を捻りながら喜んでいる。
どうやら人気の秘密はこれだ。
「先生、お早うございます。御無沙汰です」中学時代の教頭がふらふらしながら自転車を漕いでいる。
「おネーちゃん、ごくろうさま」昔の片思いの花屋の娘の一人娘だ。
お辞儀を繰り返しながら器用に運転するのが通行人にも乗客にも受けるらしい。
前を見て運転してたら挨拶なんて出来ゃしない。いつも両側の歩道に極力注意を払っている。
「うん、おっ、目礼!」
すかさず、後部座席のおばさんから質問が飛び出す。
「今のは、何なの?」
「乳牛が運ばれて行くんで、つい」
「可哀想だからかしら?」
「いや、目が合ったんデ、つい」
「でも、三回お辞儀してたわよ」
「車の柵から顔を出しているのが3頭いましたから、全員に」
「へ〜たいしたもんだわ、動物さんにまでもねぇ」
「いいぞー!運転手」「礼儀正しい人ねェ」車内が拍手で溢れかえる。
それを見ていた停留所の客も乗るのを忘れて拍手し始める。
これだから、俺のバスには『定時』という言葉は似合わない。
「街中に気配りしながらの運転御苦労様です。」
左後方で孫を膝にのせた老婦人が手を合わせて拝んでいる。
「おおっ!いけねぇ」
ハンドルから両手を離し、両手の親指を隠した。バスは順調に走行している。
「おばあちゃん、うんてんちゅさん、ハンドルもつてないよ」
「そんなことないわよぅ、あれま本当だ」
慌てない、慌てない。俺は車内アナウンスを行う。
「ただいま、右斜前方のガソリンスタンドに霊柩車が停車中。通り過ぎるまで手放し運転いたします」
乗客も皆じっと目を伏せ親指をかくしている。
「いや〜親切な運転手だ」
「こんな運転手だったら、事故も起きないのにねぇ」
「ほんと、ほんと」
バスは低速ながらも中央分離線を半分越えて走っている。
感嘆と讃美の声が溢れる中、俺はやっとハンドルを掴んだ。
「赤信号そのままオーライ。迷うなら進めってか」
俺は自信ありげに左右、前方へ目礼しながら、今日も猛スピードで交差点を走り抜ける。
左右からのクラクションが今日はとりわけ心地良い様に響いては消えていく。