第34回1000字小説バトル Entry29
不思議な感覚に、彼女は目を覚ました。
ここは何処?
そう、誰ともなく呟こうとして口を開くと、波が押し寄せ彼女の息を止めた。
彼女は驚いた。どうやら私は……海の中にいるらしい。何故海などにいるのか考えても分かるはずは無かった。彼女はさっきまでベッドの中…正確に言えば東京都杉並区の小さな街の一軒家の四畳半の部屋にいたのだ。海と言えば幼い頃行った日本海と、東京の汚い海しか知らない。月明かりの下の海がどんなものかなど考えたことも無かった。
おまけに彼女は想像力が貧困な方だったし、冷めてもいた。普段は見ないのにこんな変な夢見るなんて、おかしいことだ。
――そうか、夢。
彼女は安堵のため息をついた。夢だ。でも、どうしてこんな夢を見るの?
考えても分かるはずは無かった。いや、どうでもいい。大体こんなリアルな夢を見るのも、今日が初めてなのだから。
もう深い事を考えるのは止そう。
夜空の月に笑うと、いつもの日々が妙に無為に見える。どうでもいい事ばかりだ。テストの点。髪形。新しいマニキュア。友達らしき人。親。そして、私。To be, or to be not. どっちでも良いじゃない、ハムレット?
含み笑いをすると、再び唇の隙間から海水が気管に入った。むせかえる。死にそう…そう思って、ひらめいた。
夢の中なんだもの、死んでしまえば良いのよ。
先程から海の冷たさを感じなくなっていた。体が冷えてきたのか、包み込む液体が何だかいやに生暖かい。
簡単なことだ。ただ息を吸うように水を吸う、それだけだ。そういえば死ぬ夢は逆夢だと本に書いてあった。
そう簡単なこと、簡単なことだわ――唱えるように呟いて微笑んだ。海水は容赦なく侵入し気管を下る。空気を完全になくした躰は、海深くへと沈んで行く。ある所で、不意に月の光が彼女を照らさなくなった。それでもただくるくるとらせんを描いて、それは沈んで行った。
ばち、と何かにはじかれたように、目を開ける。
やはり夢だった。
彼女は息が出来るのを確認した。まるでその手も足も目さえも、自分のものでないかのような不思議な浮遊感にあふれていた。
しっとり濡れた髪をかきあげる。軽く唇を舐めると温かい海の味がした。もう彼女は『何故だろう』と考えるのを止めていた。そんなことは、昔のあたしが好きだったことにすぎない。
くすくす、と声を立てて笑う。
彼女は確かに自分の中で何かが変わりゆくのを実感した。