第34回1000字小説バトル Entry32
「痛、痛たた……」
アリは痛む脚をさする。踏ん張ろうとしたが、無理だった。黒くしなやかだった外骨格は老いに歪み、節々は動かす度に痛覚を刺激する。
「ついに……歩けなくなったか」
横になったまま、彼はトンボの腹をむしって食べた。柔らかく汁気の多い腸の旨味が、しばし痛みを忘れさせる。
アリはむさぼる。
腸を、筋肉を、羽根を、外骨格を。
まるで、かつての力を取り戻そうとするかのように。
だが、アリは依然としてアリのまま。トンボも十分の一も食べられてはいなかった。
「――ふぅ」
食事を終えたアリは、視線を少し上に向ける。
トンボ、トカゲ、セミ、砂糖粒、飴のカケラ……。
巣に溜められた無数の食料の山。
狩りの出来た若い頃から昨日までの間に、全力で集めたアリの財産だった。
ある朝、アリはいつもよりも強い痛みに目を覚ました。
「――?」
すっかり慣れっこになっていた脚の痛みが、より酷くなっている。
アリが痛みを堪えながら食事をしようと、身体を動かした時。
ずるり。
脚の外骨格が剥がれ落ち、筋肉が伸び、神経がちぎれる。
脚が、腐り始めていた。
カビの菌糸が、がっちりと根を下ろし、微生物がアリの脚を喰らいつつあった。
アリはトカゲの尻尾を今日の食事に決めた。
トカゲの尻尾にはカビが生え腐臭が漂い、アリが食いつくと肉が糸を引いて骨から外れた。
アリはトカゲの尻尾を食べ終えると、また食料の山を見上げた。
その日、アリの胃袋が腐って穴が開いた。
だが、アリは依然としてアリのまま、食事を続ける。
幾度目の冬を越えたのか、もう分からない。
ただ、時折訪れる仲間のアリたちの中に、彼よりも年上のアリはいなくなった。彼よりも多くの食料を蓄えたアリもいなかった。皆、彼に敗北した。
今日の食事は一匹のひからびた若いキリギリスだった。
アリは唯一動く口で、キリギリスの腹を喰い破る。カサカサになった腹は、ろくな脂気も、旨味もなかった。
「……不味いな」
アリの胃袋の破れ目から、キリギリスの肉片が僅かにこぼれ落ちた。
「なんで、こんな獲物をとっておいたんだ?」
アリは口直しに砂糖の粒を食べた。
膨れた腹をさすりながら、アリはいつもの様に、食料の山を見上げる。
腐り、干からびながらも、食料の山は依然、山だった。見上げるほどの、山だった。
「もう少し旨いものを選んで捕っておくべきだったかな」
アリは満足げなげっぷを一つした。