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第34回1000字小説バトル Entry34

パンセ

 午後四時のおだやかな陽が、車窓からボックスシートに射している。その中に、市
子は憂鬱な面持ちで座っていた。暗い視線の先にあるのは、パンジーの小さな鉢だ。
窓辺に置かれたその鉢は、先ほど課外授業で見学した花卉栽培センターの記念品に
貰ったものだ。
 紫のパンジーは珍しくはないが、この花には青い蝶のような金属光沢がある。最新
の技術を使って作出した品種だと、職員が得意げに説明していた。センターの一番の
売れ筋だけあって、なかなか美しい。しかし市子には、このパンジーの育成中の苗
が、花の向こうにちらついて見えた。

 「…このように遺伝子操作でつくられた花は、細胞をクローン培養して増やしま
す。種がとれない品種や、交雑で花の色が変わる品種が多いためです」
 ガラスの向こうの培養庫の中には、芽をつけた小さな肉塊がずらりと並んでいる。
特殊な照明のためか、その芽はポスターカラーで着色したようなきつい緑色だ。植物
独特のひやりとしたやさしい質感は、そこには無い。
 「クローン技術の発達により、次世代を残せない花でも大量生産が可能になりまし
た。新しい品種がどんどん商品化されています」

 (人に創られた、次世代を残せない花の子孫…)
 私と同じではないか、と市子は思う。
 先だっての祖母の一周忌のときに、自分がクローン合成した卵から生まれたことを
知った。親戚が話しているのを、偶然に聞いてしまったのだ。市子が十七歳になった
今も、血縁の大人たちがこの事実を受け入れていないのは、口調から感じ取れた。両
親にはまだ何も問いただしていない。市子にはよくわからないのだ。何を、どう、二
人に確かめるべきなのかを。
 さきに見た肉塊の残像は、市子の心に長く濃い影を落とした。いかにも人工的な植
物の芽。行き止まりのはずの生の増殖。人の手によらなければ存在し得ない命を生み
出す理由とは。あの日以来の疑問が再び胸に渦巻いて、市子は息苦しさを覚えた。
 鉢の説明書きには「パンジーの語源は、フランス語のパンセ(考える)です」と記
されている。
 (ここにいる意味を誰よりたくさん考えるために、この花も私も生まれてきたのか
もしれない)
 人が創造した生命は市子だけではない。少なくとも蝶の翅色のパンジーと市子は、
同じ起源を持つ遙かな姉妹だ。
 (一緒に考えてくれる?私たちの過去。私たちの未来)
 陽のあたる電車の窓辺で、首をかしげたパンジーの蕾が、頷くように揺れた。

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