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第34回1000字小説バトル Entry35

最後の神がかり

「脱サラして、田舎で新興宗教団体を興そうと思うんだ」

 父のこの一言が終焉の決め手となった。ただでさえ私のことで揉めていた時期だったから、あとはもうあっという間。母は弟を連れて実家に戻り、私は父の傍に残った。新興宗教を手伝えば高校に通わなくてもいい、父にそう言われたからだ。

 田舎に越して半年、父は知り合いの山伏に習って山篭りをしたり、教義体系を練ったり、やがて裏山の古代ピラミッドから「発掘」される予定の超古代文書を執筆したりと、寝る間も惜しんで働いていた。街では父の働く姿を直に見ることがなかっただけに、せっせと祭文を書く父の背中を縁側の陽だまりから頬杖突いて見ているだけの今の生活は、退屈だが悪くはない。
「どうした依子、そんな呑気な顔をしていちゃ駄目だろう。お前には美少女教祖をやってもらうんだから」
「なにそれ、べつに関係ないじゃない」
「精神状態をもっと不安定なところで安定させていないと心的エネルギーが消耗されない、すると人格統御の弛緩も起こらない。シャーマンの成巫段階としてはよくない傾向じゃないか」
「まだあたしの病気に期待してるの。悪いけど、発作は減ってきてるんだよ」
「困るなあ」
「父さんの教典、結構面白いからさ。それだけで信者は沢山集まるよ」
「そうかい」
「ニニギ神がトカゲ人間を黄泉に追い返すシーンとか、けっこう燃えたし」
「そうかい」
「インチキでもいいなら神がかりもやってあげるし。きっとうまくいくよ、私たち」
「そうだな、インチキでもべつにいいか」
 インチキだっていいんだよ。

 昼なお暗い村の鎮守に三時半。じっとり湿った社の前で今日もあの子が待っている。
「待った?」
「今来たとこ」
「あのね純一くん。神がかり、上手く出来なくなっちゃった。だからもう見せてあげらんない」
 彼は小脇に抱えていた『ムー』最新号を取り落とした。
「そんな……」
「インチキでよければ見せてあげる。私の宗教に入れば、だけど」
「イヤだ」
「そっか。まあ、ぼったくり宗教だしね。御免ね」
 彼の反応はわかりきっていたことなのに余計なことを喋ってしまった。帰って、今日は薬を飲もう。
「そうじゃなくて」
 幼さの残る彼の顔は、陰気な森の背景に似つかわしくないほど鮮やかに上気していた。
「鎮魂会の時しか教祖に会えない信者になんてなりたくないって意味だよ」

 胸が締まる。神さまの宿る余地なんてとっくに無くなってしまっていたのかもしれない。

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