第34回1000字小説バトル Entry39
五月の連休、久しぶりに実家を訪れた私を庭からの断続的な怪音が迎えた。父が庭の隅を掘リ返していた。
父は起床後、朝の日課を済ませると、物置からシャベルを探し出し、サンダル履きのまま、掘削作業に取り掛かったそうである。もともと無口で頑固な父は、相談したり、理由を告げたり、許可を得ることなく、庭の片隅を掘り始めた。新興住宅の盛り土はかなりの砂利を含んでおり、古びたシャベルの切先が当たる度にジャリジャリという不快な音が曇天の空に響いた。
何かを埋めておいたのではないかという私の憶測を母は軽くいなした後、ゴミでも埋めるつもりではないかという推測をかなり説得力を持って力説した。つけっ放しのテレビから、死体遺棄事件のニュースが流れ「……穴を掘って埋めました……」という犯人の証言が耳に入ると、母と私は見合わせた顔をしかめて、次の瞬間大笑いした。居間での会話は、さまざまな可能性を提起した後、困惑から諦めに落ち着き、やがて雑談に流れて行った。その間、庭からの音は絶えることがなかった。私はお昼前、早々に退散した。
母の情報によると、父は遅い昼食をはさんで作業を継続し、夕方思い通りの穴が完成したのか、あるいはただ疲れただけか、古びたシャベルを物置に仕舞って、居間に座り込んだそうである。夫婦の間で穴自体については、何の説明も質問も交わされなかったそうだ。
その後、庭の片隅に掘られた穴はずっと放っておかれる事になる。もともと目的を持った庭ではなかったので、洗濯物を干す際に、母が多少不便する以外、実害は無かった。
夏になると水が溜まって小鳥が水浴びに来たとか、池にするつもりでセメントやら何やらの材料を揃えている様だとか、老後の楽しみに築山にするつもりだろうとか、話好きの母は電話の度に話題にした。
引退した父は、半年ほどして体調を崩し、入退院を繰返した。体調の良い日は、縁側から感慨深げに庭を眺めたりしたが、穴に何かを施すことはなかった。「ただ、穴の空いた庭の季節を風が変えるのを見つめているようだった」と母から詩的な報告があった。
何年か病んで父は他界した。穴は永遠の謎になってしまった。
そして、五月の連休。今年は雑事に終われて帰省も出来ないと電話した私に母は「そういえば、あの庭の穴……」と切り出し、たまたま遊びに来た従弟のハジメちゃんが暇つぶしに埋めてくれたと語った。風が季節を今年も変えていく。