第34回1000字小説バトル Entry4
彼女は37歳。夫は此処から遠い国で単身勤務をしている。子供は、欲しいと思ったことはあったが丁度その時分に夫の異動が決定した為、こうして一人で居る。母となることを諦めた時点で彼女は、夫の唯一人の妻で居ることを決意した。それは、常に美しくあること。充分な睡眠と食事。献身的な、愛。そして、時間という概念を捨てた。
彼女の生活は、夫からの毎日の電話を中心になりたっている。彼女のベッドルームは休息や安眠の為のそれではなく、夫からの電話を待つ場所でしかなかった。夫の声で目を覚ます。常に、夫とともに生きている。繋がっている。
時計は必要ない。それはたちまち、独り日本に居る、という現実を思い知り驚愕させる。
夜中に起きることもしばしばで、そんなときは朝一番の、焼きたてのパンを食べに出る。
家ではテレビも新聞も見ない為、そのベーカリーカフェでサラリーマンの読む新聞を盗み読む。何種類も。だから見出しだけで充分だ。その他ワイドショウネタなどは彼女の生徒達から仕入れることが出来る。
そう、週に2度ほど、彼女はマンションの自室で料理を教えている。教室、と思ったことはない。充分な食事を摂るのに、一人ではとても不都合なのだ。最初は近所の主婦たちを集め、料理を振舞っていただけだった。そのうち、なかでパソコンを使うものがあり、ネットに紹介したという。別に、よかった。なにより退屈しなかった。主婦やOL達の、不可解でとりとめない話はとても興味深かった。助手という便利な存在も出来た。重たい材料、――カボチャだとか――、を車で運んでくれるし、教室のあるときは、ケータイに知らせてくれる。なにしろ夫の帰る2週間に1度の土日しか、曜日も日にちも把握していない。
最近は、いつのまにかついた肩書き――料理研究家――のために幾つかの雑誌のインタビューや、コラムの執筆などを引き受けている。忙しくはなった。けれども、彼女の生活スタイルは変わらない。夫の声で目を覚ます。夫が居なくとも生きてゆける女などではない。こういった雑事はいつだって、リセット出来るものばかりだ。ただ、ただ美しくある為に、充分な睡眠と食事、そしてたまに自分と夫以外の人に観られること。これが夫への愛の証であり、彼女が選んだ生きかたなのだ。