第34回1000字小説バトル Entry7
駱駝はまず指揮者みたいに両手をふわっと広げると、大きなパレードの風船に空気が入っていくように背筋と両手を遠くの方へ伸ばし、最後に首をうわぁんとまっすぐに立てた。彼はいつも首を前の方に突き出して眠そうな瞳をしているため駱駝にそっくりだとクラスメイトに噂されているが、ダンスをする時だけは体型だけでなく人まで変わってしまったようになる。まるで脱皮だ。今まで被っていた目立たない保護膜を破り捨てて、華やかな王子様に変身してしまうのだから。
彼の練習に付き合ってはいるがダンスに関しては私はまるでわからない。私の役目はCDデッキにCDを放り込んで再生ボタンを押すだけだし、話をするわけでもない。彼は音楽がかかっている間は王子の風格を持って足がこんがらがりそうなステップを踏んでは教室を突っ切って、音楽が止まってしまった瞬間にいつもの駱駝に変身してしまう。そして踊っている時の駱駝は日に日に凄い力を持つようになっていった。踊っている時はいつも教室中が花の匂いに満たされたし、偶然通りがかった女子学生は駱駝を見て突然泣き出してしまう。最近ではボロいCDデッキが勝手にオーケストラの真似をするようになったのだが、踊っていない時の駱駝がCDを2枚しか持っていないためオーケストラのレパートリーはかなり少ないようだった。
「ねえねえ、これ、僕。」
ある日彼は練習前に少し恥ずかしそうに近づいてきて、もじもじしながら一枚の写真を私に差し出した。それはオレンジ色のスポットライトに照らされて踊る人々(何のイベントかはわからなかった。)の写真のようだった。"王子”の彼はぴっちりとオールバックに髪をまとめて、あつらえの特別素敵な燕尾服を着ていた。長い尾のついた燕尾服は駱駝というよりはペンギン、もう踊っている時の駱駝には本来の顔の面影がどこにもなくなっていた。
「これ、本当に君?」
私が質問すると彼はにやりと笑って私の手を取り、いつものように踊りだそうとした。彼の骨格までもがむくむくと形を変えていく。背中を引き寄せるその手が今までの駱駝のものとは違う。不安になって顔を上げると、そこには写真の中のペンギンみたいな駱駝が、燕尾服で笑っていた。先刻から目を差すオレンジの光は天井のシャンデリアが発しているものらしい。花の匂いと人の噂でむせ返りそうだ。私は踊れないので、恥ずかしくなってとなりのご婦人のスカートの中に隠れてしまった。