第35回1000字小説バトル Entry12
友達と話していて、「N君って、整髪料の匂いがキツイよね」と言って笑われたことがある。「整髪料」と言ったのが可笑しかったらしい。「普通、ムースの匂い、とかって言わない?」と言った一人に同調して、もう一人も笑った。そしてNの髪の匂いのことについては、結局うやむやになってしまったのだったと思う。…整髪料。だって、Nが使っていたのはムースなのか、ヘアクリームなのか、それとも全然別のものなのか、あたしは知らない。
Nはもてた。笑うとなくなる細い目。肩幅は広い。その甘えた声とへつらうような笑顔があたしは嫌いで、だけど友達の何人もが彼を「かっこいい」と言い、またある子に「好きな人がいる」と打ち明けられて、その恋の対象が彼だった時に心底吃驚したこともあった。
高校1年の時と3年の時、同じクラスだった。あまり好きではないままに、席が近いとかで何かと接する機会が多く、Nがもてる理由も少しは分かったような気がした。
「お坊ちゃん」である。持ち物が明らかに高級品で、さりげなくセンスが感じられたりもする。「へつらうような」とあたしには感じられた笑顔も、実はナイーブな内面の裏返しのようでもある。いつも率直に振る舞おうと努力していて、割に親切だったりもする。人がいいとさえ言えるかも知れない。
高校3年の時、Mさんという女の子−髪が長くて、少々ツンとしていて、無口なのは実は頭が悪いせいではないかとあたしは常々思っていた−にNがしきりにアタックして、女の子たちの総スカンをくらったことがある。しかしMさんが少しもなびかないとみるや、Nは一転、卒業も間近になった時にいきなり別の子と付き合い始めた。こちらは水泳部で、髪も短く、大きな声でよく笑うM嬢とは全く違ったタイプの子で−あまりにも不釣り合いな組合わせのように思えたあたしは、今までより一層Nのことが分からなくなったと思ったものだった。
あたしもNも東京の大学に行って、一度だけ偶然下北沢で見かけた。カップルでよく賑わっていた一軒のエスニック料理屋の前で、髪の長い女の子を連れて入ろうとして、女の子が少しためらって足を止めたようだった。Nは目を細くしてあのあたしの嫌いな甘ったるい笑顔を浮かべていた。
その後、大学を出て、地元に帰って議員の秘書か何かをやっているという話を聞いたような気もする。
最近のニュースで、「秘書がどうこう」言っている時にちょっとだけ思い出したりもする。