第35回1000字小説バトル Entry28
正義だと思った。
僕は、正義だと思っていた。
人の命を救ったのだから。
僕は、代わりに死んだけれど。
自分の葬式を眺めることになるとは思わなかった。いや、死後の世界なんて、死んでみないとわからないのだから、生前にそんなことを想像できるはずもなかったのかも、とも思う。
もはや、肉体の観念は僕にはなく、ただ風のように世界を見た。生きている人間から見たら、本当に風なのかもしれない。生前、僕が当たり前に僕であったように、僕は今、当たり前に風なのかもしれない。
僕はしばらく、自分の家であったところの屋根を撫で、テレビのアンテナに絡み付いて、自分の葬式を眺めていた。
喪服に身を包んだ父さんと母さんが、クラスメイトたち一人一人に、挨拶をしてまわっている。僕に向けられた二人の背中は、なんだか小さく見えた。
父さん、母さん、僕はあなたたちが教えたとおり、人のために生きた。
褒めてくれる?
「……おじさま、おばさま」
僕は、かすれたその声に反応した。ユキコだ。彼女はふらふらと、両親に近づいていく。
「ユキコちゃん……」
「すみません……!」
ユキコは、頭を下げて、何度も両親に謝った。僕は不思議で仕方なかった。どうしてユキコが謝るの?
「私が一緒にいて、止められなかった……テツヤが、踏み切りに入った子供助けるって叫んだとき、やめてって……腕尽くでも、止めればよかった……」
声を震わせて、ユキコはまた、すみません、と言った。母さんがユキコの肩を抱き寄せて、一緒に泣き崩れる。父さんは、目頭をおさえて、ふぃ、とそっぽを向く。そして、つぶやいた。
「あの、バカ息子が……自分一人の命だと思ってるのか。……それで、正義でも気取ったつもりか……バカ息子が……」
僕は、わからなくなった。
正義だと思った。だから、他に何も考えずに、あの子を助けに走った。
僕は命を落としたけれど、あの子は助かった。
僕は正義だと思っていた。
でも、ユキコは謝る。
母さんは泣く。
父さんは怒っている。
では、正義とは。
人を泣かせることなのか。
それとも、僕が間違っているのか。
葬式には、僕が助けたあの子も来ていた。
「たすけてくれて、ありがとうございました」
帰り際、そう言ってその子は、両親に頭を下げた。その子の母親も、ただ黙って、深く頭を下げた。
この世は、何が正義なのだろう。
僕はそれでも、あの子の「ありがとう」を、胸に刻んだ。