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第35回1000字小説バトル Entry39

くい

 車に乗って広い砂地の広場に出た。広場の奥からダンプカーが砂塵を巻き上げながら猛然と走って来た。わたしは車を脇に寄せダンプカーをやり過ごすと、こちらの方ではないなと感じ、車をUターンさせて別の舗装路に出た。車窓からの風景は寂しく、茶色い土と時々行き過ぎる埃まみれの柳の木が目に入るくらいである。単調な道を暫く走ると寂びれた木造の洋館が見えてきた。洋館の廊下を進むと木の机と大きな本棚のある部屋に行き着いた。部屋の奥に居た少女は本棚の本の置かれていない空間を指差して、ここに自分の好きな本を沢山並べるのだ、とにこやかに笑った。わたしは洋館の乾いた廊下をさらに進んだ。その部屋の窓にはガラスが無く、代わりに黒いビニール袋が貼られ、雨風を防いでいた。寂しかったんだなと父が言った。ああ、探していた母はここに暮らして居たんだと私は理解した。寂しさのあまり母はあちらこちらに物を投げつけていたのだろう。ただ其処にはもう生活感は無かった。何年も放置されていたことを示すように、全ての物が埃に厚く覆われていた。母は二十年前に亡くなった。自殺である。理由は明らかではない。遺書が残されていたが家族に対するメッセージだけで自殺の理由は書かれていなかった。メッセージには家族一人一人に感謝の言葉が述べられていたが、わたしの事は何も書かれていなかった。何故母がわたしだけに何もメッセージを残さなかったのか、勿論わたしには判っている。母が亡くなって数年後、母はにこやかに家に戻って来た。父が母の居所を突き止めたのだそうだ。母はしばらく家に居たが、その間身体の調子がすぐれないようでいつも布団に寝ていた。わたしは母と一言も言葉を交わさなかった。母がそれを拒んでいるようにわたしには思えたのである。そして母は一人でどこかへ消えてしまった。探さないで欲しいと書き置きがしてあったと父が残念そうに言った。その後母は一人でこの寂びれた洋館の一室で暮らしていたようだ。寂しさのあまり物に当り散らし、窓ガラスを割り、部屋のものをひっくり返したのであろう。それ程寂しければどうして戻って来ないのか。自殺したことのうしろめたさがそうさせるのだろうか。母はまたどこかへ消えてしまった。わたしは母が自殺する少し前から母の心を遠ざけていた。その理由はいろいろある。その後母は自殺した。わたしが死んだとき母はわたしをにこやかに迎えてくれるだろうか。

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