第35回1000字小説バトル Entry40
雨はやまず、霧との臨界あたりをさまよって、街の最下層でわだかまり、一見おぼろな水気のベールだが、たしかに雨は降っている。半袖の少年には、その青白い腕をかすかにシズクがたたくので、よくわかった。
ありがたいのは、街路にたちこめた水分が、臭気を吸ってくれることだ。雨が上がって地熱が這えば、きっと倍になって返ってくるが、それまでのあいだ、この最下層は、いつになく清浄だ。
だから少年は、うれしかった。そして、道の真ん中から天を見上げ、ザマアミロと思うのだ。
高架道路の大蛇に巻かれ、街にひしめくスカイスクレイパー――超をいくつ付けても足りない高層アパート・ビル群も、こんな日ばかりは空を削り取るどころか、低い曇天にその威容のなかばを呑まれている。ザマアミロだ。少年は両手を高だか挙げようとして、腹が鳴る。余分なエネルギーなどない、と胃袋いわく。
しかたない。いつもどおりの猫背で、足取りで、街路を歩く。細い首すじをシズクがなでる。二の腕の鳥肌をこすると、遠くのサイレンが聞こえた。こんなイイ天気なのに……犯罪は日和を選ばないのか。少年は、すくなくとも雨の日には、パンのひとつも盗むまいと思った。
ノラ犬の影が足元をよぎって、ふと少年は路上に光るものを見つけた。なにかのカケラ。濡れた金属片。クロームの鈍重な光沢が、シズクをまぶしてまたたいていた。そのカケラはいくつも道につづき、つづくほどに数を増し、雨のベールの向こうには、ひときわ大きなかがやきがある。
少年はクロームの道標をたどって、正体を見た。それから、けぶった天をあおいで、ふたたび目を落とす。機能を完全に失った鉄クズだが、カケラを散乱させても原形はとどめている。したがって、たいした高さから落ちたものではない――これの元所有者が、たいした納税者でないことがわかる。
ときどきビルの上層から、こういうゴミが落ちてきて、ジャンク屋のカテになる。まれに落ちてくる人間は、ノラ犬のカテになる。それが最下層の有機的システムのひとつだ。
少年は、それの顔のような部分を見下ろして、目のような部分に視線を落とした。シズクにゆがんだ人間ごしに、空が――雲と雨とに無残にもまれたスカイスクレイパーが映る。少年は微笑して、鉄クズに向かって念じかけた。
おまえもザマアミロって言いなよ。
雨はやまず、鉄クズはうらみを述べない。少年はまた、背中をまるめて歩き出した。