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第35回1000字小説バトル Entry45

ワンピースの記憶


「残り時間、あと20分!」教務主任の声が教室中に響いた。
 私の消しゴムがコロコロと潔く転がって君の答案用紙のほぼ真中で停止した時だ。 
 
 木製の机の香りに、チョークと答案用紙と消しゴムの滓とそれに鉛筆の芯の臭いが混じ
っていた。顔を上げて見渡すと予備校生達の焦りがそこら中に漂って澱んでいた。
 
 教室の窓の外には素晴らしい下界が拡がっているのに、天井までもが低くのしかかって
くる様に感じるのは私だけなのかしら。
 ため息も頭を掻く音も机の軋む音も君の舌打ちも今日は耳障りではないのに、寂寥感だ
けは私を決して裏切らない。
 
 集中していて嘘のないまっすぐな横顔。無欲で真摯で端正なその顔。すこし見とれてし
まうぐらいの時間は予備校にだってあるのよ。私は人生の中で、この無駄に思える中途半
端な時間が信じられないくらいに浮ついていて、とても好きだと思う。

「ふ〜ん」と訳知りの顔で消しゴムを無視することが得策なのかしら。フランス煙草のジ
タンなんかペンシルケースと並べてみたってどだい似合わない。少年のままの君には。
 
 それでもこっそり抜け出してバスに乗り換えて、夕方まで帰れそうもないと思えるくら
いの丁度いい距離にある喫茶店に2人で行きたい気もする。夕方の迫りくる時間も、次の
模擬試験のことも、大学へ進学した同級生やボーイフレンドのこともすべて忘れられるあ
の店のすみっこでタバコをふかしてみたい。そう君には似合わないそのブルーに輝く踊子
のシルエットの煙草を。

 今日は、この想いを今だけのもにしたくない気がする。私は問題用紙の端をこっそり破
いて、隣の君へのメッセージを速記の要領で書き込んだ。そしてその紙を鼻の頭で擦り、
お呪いをかけて君の前に放ってみた。こんな大胆なことをしたのは初めての経験だった。
「消しゴムを返してくれたら、うれしいです。そのお礼にコーヒーでもどうですか?」
 
 君は左手で頬づえをついたまま振り向くと、忍者の手裏剣みたいに右手で消しゴムを返
してきた。照れたように右手の親指をたてて、そして一度だけゆっくりと頷いた。一瞬だ
けど不器用にウインクしたようにも見えて私は赤面していたと思う。
 
 改めて君の瞳を正視した瞬間に私の胸のシグナルが赤々と点灯したように感じた。テニ
スかサッカークラブ出身だったら話題も尽きなくていいのになぁ。
 
 そんな私を無視するように君は無造作に髪をかきあげて、一度だけ私を見た。

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