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第36回1000字小説バトル Entry43

孔雀

「孔雀が羽根を広げた所を見たことある?」
 無いと答えた。
「そう。それは残念ね」
 明美はそう言って、3本目のワインをグラスに注いだ。
「孔雀の羽根は本当に綺麗よ。どこまでも大きく広がっていってさ。なんであの子達はあんなに綺麗なんだろうね。ダチョウとかは惨めなくらい美しく無いのに」
「ダチョウは脚が早いわ。素敵よ」
「脚が早いのが好きなの?」
 明美が妙に真面目な顔で尋ねた。
「そういう事じゃ無くてさ」
 明美の言葉に笑いながら、あたしは煙草に火を付けた。
「ただ、別に孔雀の羽根が綺麗だって、なんていうか、まあ異性へのアピールの為とか何とか色々あるのかも知れないけど、でも特に意味は無いじゃない? 大体あたしはあんな色の羽根はあまり好きじゃないな。もっと燃えるような、さ。炎みたいな真っ赤な奴じゃないと」
「そう。そうね。意味か。意味。そうね、意味は確かに重要よね」
 明美は譫言のように答えた。酔いが回ってしまったのだろうか。ただでさえ明美はこの頃情緒不安定だ。
 あたしは煙草を灰皿に置き、肩を抱いてやった。
「ごめんね。有り難うね」
 明美はそう答えた。
 泣いているのか笑っているのか、計りかねる声だった。


 あたし達がこんな会話を交わした2ヶ月後、孔雀が絶滅した。
 理由は色々述べられていた。人間の乱獲。生態系、環境の変化。孔雀自体の生命力の低下。大筋の意見では大体こんな所のようだった。
 テレビは追悼特集のように孔雀の映像を流し続けた。
 それで初めて、あたしは孔雀が羽根を広げる所を見た。
 扇のように広げられた孔雀の青緑の羽根は確かに美しく、生き死にだとかコギトエルコズムだとか好き嫌いだとかアルコールだとか、そういうものとは無縁に美しく、だから、まあ確かにこれなら死ねるのかな、とあたしは思った。
「終わったよ」
 包帯を巻き終えあたしは言った。
「有り難う」
 明美は答えた。
 明美の手首に巻かれた包帯が、手錠のように見えた。
 何でそんな事をしたのか。
 あたしは聞かないことにした。あたしだって何で生きてるかなんて聞かれたら困るのだ。
 あたしは包帯から滲む血の赤に目がちかちかしたので、立ち上がり、窓を開けた。
 今日は満月の筈なのに、月は何処にも見えなかった。まるで孔雀の大群が夜空を覆ってしまったかのように、星の瞬き一つさえ見つけられ無い。
 あたし達は窓辺に並んだ。
 そして夜の底から空を眺めて、見えない月を探した。

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