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第36回1000字小説バトル Entry44

猫の居ない風景

 刺途刺途 刺途刺途 と、止まぬ雨が私の心中に足跡を残している。
 
 冬風に寂し気な混凝土製の電信柱。それの胸の高さ程の位置に有った張り紙が、剥がれ、破れ落ちている。私は傘を肩に預け、黄色く変色した張り紙が遺した四隅にぴったりと合わせるようにして、真っ新な張り紙を貼った。
 此の猫を見掛けませんでしたか 見掛けた方が御座いますれば下記の連絡先迄

「一年、ですね」
 そう。もう一年が経った。
「もう長らく、ミィの姿を見ていませんね」
 ミィが既にこの世には居ないと謂う事など、疾っくに気が付いていた。
 しかし、生死をはっきりとした形で知る迄、涙を流さない事にしている。

 やけに懐っこい猫だった。仔の時に貰って来て、ミルクを与え育てたからかも知れない。ミィが我が家に来てから既に17年。ああ、そうか。16年も、生きていたんだなぁ。
 そう言えばこの16年間というもの、ミィの鳴き声を聴いた事が無かった。
 まだ乳飲み仔であった頃、無理に鳴かせてみようと尻尾を引っ張った事が有ったが、それでもミィは、ニャァ、ともフギャァ、とも声を上げなかった。私の手の甲に引っ掻き傷が出来ただけだ。
 改めて思い出してみれば不思議で猫であったなぁ。

 猫は死に際を見せずして、ひっそりと孤独を抱き死ぬと謂う。
 ミィが居なくなったのは去年の秋口の頃であった。
 彼岸もとうに過ぎ、涼しくなって来たにも拘らず、食欲に衰えが見られたのは、その前兆だったのだと思っている。

 訊ね紙を貼り終え帰宅した私が傘を閉じていると、妻が慌てた様子で声を掛けてきた。
「ミィを知っていると謂う方が、今し方、電話を」



 墓が建ててあった。
 わかっていた筈であるのに、後から後からじわじわと涙が沁み出して来た。其れが嗚咽へと変わった頃、其れ迄押し黙っていた紳士が、口を開いた。

「一年程前の事ですかね……」

 紳士の話はこう続く。
 去年の晩夏、道端で死んだように眠っている猫を見つけ、これはいけないと動物病院へと連れて行った。
 数日間はなんとか息をしていたが、その内に、息を、引き取った。

「見事な死に際でしたよ。最期の瞬間に、一声、フギャァ! と」

 止まらぬ涙を前にし、漸く気が付いた。
 私達はミィを捜していたのでは無く、涙を流す切っ掛けを捜していたのだ。
 横を見ると、妻も同じように涙している。

 だから、
 見知らぬ猫の墓よ。
 すまないが、もう少しだけ、その胸を貸してくれ。

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