第36回1000字小説バトル Entry46
昔、とても歌の上手な少年と少女が居りました。
ある時一人の神様がその歌に感心して二人の所に下り立ち、「お前達は何故歌うのだい」と訊ねました。
少女は答えます。
「私達はパンや水に飢えた事はありません。だけど人はもっと他のものにも飢えるのです。それで死んでしまう事だってきっとある、だからその飢えを癒す為に多分、歌や物語は生まれたと思います。
だから私は渇いた人が水を探す様に、歌を探して歌っているのです」
少年は言いました。
「僕はここが飢えた世界なら、そんなものは要らない。
この世界を壊し、新しい世界を作る為の歌を、僕は探しているんです」
神様は頷き二人に言いました。
「ではお前には飢えた世界に水を与える為の歌を、お前にはこの世界を壊し新しい世界を見つける為の歌を与えよう」
そう言って神様は消えてしまい、二人の体の中には新しい旋律が宿りました。
少年がそれを歌うと、周りの空や大地が紙細工の様にみるみる崩れ、その向こうにある金と青の世界が開かれました。
少年は一度だけ振り返り、少女へと手を差し伸べました。けれど少女は首を振ります。彼はその色彩の中に溶け行き、やがて見えなくなってしまいました。
それから少女は歌を歌って歩きました。少年が捨てたこの飢えた世界を、それでも生き抜く為の歌でした。飢えて居る事すら知らなかった人々はそれで自分の中に水が生まれるのを感じ、一時だけでも安らぐ事が出来たのです。
けれど少女は時折ふっと遠くを見る事がありました。
何処にも居ない誰かを探してる様な、そんな哀しい目でした。
何年か後のある夏の夜、少女が眠っていると、青と金の光が辺りを照らしました。
裂けた闇の隙間に少年が立って、少女を見ています。
「誰かに水をあげる事は出来たかい?」
「新しい世界を見たの?」
二人は同時に言ってから、ふふ、と笑い合いました。
答えは二人とも「はい」で「いいえ」だったのです。
少女が差し伸べた手を、真青な腕で少年が握ります。そして二人は初めて一緒に、あの日神様から貰った歌を歌ったのでした。
少年の歌で世界に水が宿りました。
少女の歌で誰も知らない新しい世界が扉を開けました。
二人の歌は全く同じものだったのです。
もう少年と少女ではない二人は、歌を青い揚羽蝶の群れ飛ぶ夏の空に返しました。
新しい朝の中で手を繋ぎ、生まれたての恋人達は、探していたものを漸く見付けたのでした。