←前 次→

第36回1000字小説バトル Entry5

記憶の手紙

出会いの数だけ別れがあると人は言う。
だったら、出会ったらいつか必ず別れが来るの?
そんな悲しいことはない。別れのない出会いだってあるはずだ。
たとえ二度と会えなくても、いつまでも覚えていれば、それは別れではない。
 私には出会ってから二十年、いまだに別れが訪れそうにない人がいる。何人かの友人たちもそうだけど、あの人とは十五年前以来会っていない。そのくせ、忘れることなんてできないのだ。
 十五年前、私がまだ九歳だったあの日。彼は、高校を卒業すると同時に、外国に旅立ってしまった。
ヨーロッパ中を貧乏旅するといったものだ。もちろん両親には反対された。
それでも彼は旅立つことをあきらめなかった。
私の両親が唯一、彼の行動に賛成した人間だった。
彼の旅立ちに立ち会ったのは私たち家族だけだった。
彼は、すごく軽そうなかばん一つだけを持ってにっこりと笑っていた。
彼が行ってしまう…。
外国に旅に出たいと初めて教えてもらったのは私にだった。
私はそれがうれしくて、彼にやりたいことをやってもらいたくて、それがどういうことになるのかわかっていなかった。別れるときになってやっと気がついた。
もう、会えない。
気がついたら、涙がこぼれて、すごく悲しくなった。
私が声をあげて泣くほど、彼はすごく困って、それでも涙が止まりそうになかった。
彼が私の頭をなでる。
「泣かないで。ね?これでお別れなわけじゃないんだから」
「だって…もう、あえな…いんで…しょ?」
「ん。たしかにもう会えないかもしれない。でも、忘れなければ別れじゃないんだ。出会いの数だけ別れがあるなんていう人もいる。でもね、別れたくなければいつまでも覚えていればいいんだ」
「でも…忘れちゃう…もん」
「…そうだね。人間は忘れることで生きていける動物だから、時間がたつといつの間にか忘れてしまう。それは仕方のないことだよ」
「じゃあ…やっぱりお別れ…」
また涙が流れ出す。彼の顔が見えない。
「大丈夫。忘れないように、忘れたくても忘れられないくらい手紙を出すよ。絵葉書とか、写真とかのいいね」
「本当?絶対に手紙をくれる?」
「うん。絶対に」
「忘れないくらい?」
「忘れたくてもね」
彼が微笑む。私の大好きな笑顔。
私も笑顔になる。私のために来る手紙がうれしくて、だから笑顔がこぼれた。
 彼からの手紙、二十年後の今も相変わらずちゃんと届く。
年に一度だけの手紙。
それは別れを告げないいつまでも続く記憶。

←前 次→

QBOOKS