第37回1000字小説バトル Entry10
キーンコーン、カーンコーン。
「それでは表にして始めてください。」
声と同時に、生徒たちはいっせいに答案用紙を裏返し
シャーペンを走らせる。
教師は静かに教卓の椅子に腰を下ろし、さっと教室を見渡す。
別にカンニングらしき行動を取っているものは誰もいない。
しばしの静寂。
「コホン。」
シャーペンのコツコツという音にまぎれて一人の生徒が咳をした。
・・・再び静寂。
20分ほどが経過、教師は再び教室を見渡す。
ふと一人の生徒に目が留まる、窓際の中ほどに座っている男子生徒。
一心不乱に答案用紙に食らいついているほかの生徒たちとは対照的に、シャ−ペンを器用に指の間でくるくる回し、じっと外の景色を眺めている。
その様子を見ながら教師はあの日々のことを思い出していた。
高度成長期の真っ只中、受験戦争という言葉が生まれ周りのものはわき目もくれず勉強していた。だが、彼は違った。勉強が嫌いだったわけではない。成績はよかった。しかし夢はなかった。目標もなかった。
ただ“生きているだけ“そんな気がしていた。
ある日、彼は一人の少女に恋をした。一目惚れだった。決して美人ではなかったが、彼女のしぐさ一つ一つが彼の心を捉えていった。彼女に近づこうと彼は努力した。しかし、もともと人と接するのが苦手だったため、なかなか彼女に気持ちを伝えることはできなかった。彼は悩んだ。毎晩布団の中に入ると、頭の中に彼女の姿が浮かんでくる。頭の中で二人は楽しく話をしている。だが、所詮それは想像の出来事に過ぎない、ふと我に返り、どうにも出来ない自分の無力さに対し無性に腹がたった。
そんなある日の帰り道、彼は彼女達の姿を見た。楽しそうに自転車の後ろに乗っている彼女。自転車をこいでいるのは、隣の地区の学校の制服を着た男子だった。
不思議と何の感情も沸いてこなかった。
「やっぱりね・・・。」そっと呟いた。
キーンコーン、カーンコーン。
「やめ、それでは裏返しにして後ろから集めてきてください。」
教師は、回収された答案用紙をチェックする。
ふと、あの窓際の生徒の答案用紙に目が留まった。
解答欄はすべて埋まっている。
「ふっ。」ちょっとうれしそうに教師は笑った。
生徒の名前は黒木淳司、そして教師の名前も黒木淳司・・・。
生徒たちは下校の準備を始める。
きっと彼女も支度をしているのだろう。
下校時間まであと少し・・・。