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第37回1000字小説バトル Entry9

プロペラ男

「タカヤマさーん。第三診察室へどうぞ」
そう看護婦に呼びかけられた男は、待合室のベンチから腰をあげた。
足取りが、かなり重い。
白いカーテンをひくと、そこには相当くたびれた白衣を着た貧相な顔つきの医者がイスに腰掛けていた。その背後には、おそろしく無表情な看護婦が静かに佇んでいる。
デスクの上の、レントゲン写真を照らしだす蛍光灯が目にまぶしかった。
「どうぞ、そこに」
医者はニコニコと男にイスを勧めた。
「初診ですね。今日はどうされました?」
「あのう、先生。まず、一言いっておきたいのですが」
男の顔は、ひどく青白かった。
「これは冗談でもからかっているわけでもないんです」
「はあ……?」
医者は男の真意をはかりかね、ややヒゲの生えかけたアゴを手でこすった。
「これを」
男はそう言って、右手を差し出した。そこには包帯が不恰好に巻かれている。
妙なことに、手の甲の部分がかなり膨らんでいた。
「ははあ、そうとう腫れていますね」
「はあ。いや実は」
男は包帯を取り始めた。帯状の白いそれは、するすると床に落ちてゆく。
医者は、あらわになった男の右手の甲を見て思わずあっと声をあげた。
「これは……」
「はあ、どうやら、プロペラのようなんですが」
男がそう言った途端、束縛から開放されたプロペラの羽が、ぶうん、と回った。
「うわ……」
「あ、すみません」
能面のような看護婦の顔が、微妙にひきつった。
「朝、起きてみたらこれがいつの間にかこれが生えていたんです」
男は、今にも泣き出さんばかりの顔つきになった。
「先生、何とかしてください。このままじゃあ、仕事にもいけません……」
「と、とにかく」
医者は落ち着きを取り戻そうとして咳き込んだ。男の感情が高まったせいなのか、プロペラはよりいっそう強く回っている。
「こ、このような症例は私も初めてなのでとりあえず一日様子を見ましょう。私のほうでもいろいろ調べてみますから。その、痛みは?」
「ありませんけど、でも」
「と、とにかく何とかしてみましょう」
「はあ……」
プロペラの羽は、急にしぼんでしまったかのように、その回転力を失った。

その夜、医者は猛烈な勢いで資料をあさってはみたが、それらしい症例を見つけることはできなかった。知り合いの医者たちにもほうぼう電話をかけてみたが、まるで相手にされなかった。
一晩中あのプロペラが頭に浮かんで、彼はなかなか寝つけぬ夜を過ごした。

翌朝、医者の手の甲にはプロペラが生えていた。

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