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第37回1000字小説バトル Entry25

毬藻になりましょう

 玄関のチャイムが何度も鳴ったので夫と私はベッドから降りた。寝室に掛かった黒縁取りの円形時計を見たら夜中の二時だった。こんな夜中にいったい誰だろうかと玄関灯のスイッチを入れながらどなたですかと言ってみた。背後に不服そうな顔をして夫が立っている。
「松田です、松田です……」お隣のご主人だった。
「どうなされたのですか」夫が肩ごしに言った。
「き、きてください……」
 私たちはパジャマ姿をいささか気にしながら松田さんの後に着いて行った。家に上がってリビングに入った途端、裏庭の光景が目に飛びこんできた。庭のほぼ中央に植えられた百日紅が深紅の花をたわわせ月明りに浮いている。
「家内が……」頸を絞められた絶命寸前の鶏のような声で松田さんが言った。
 百日紅に松田さんの奥さんがぶら下がっていたのだ。
 寝巻きがはだけて胸の谷間が露だ。意外と豊満な胸。裾が乱れて太腿まで覗いている。厭だな……こんなの見せないで。恨めしい。
「どうすればいいんでしょう……」
「そう言われましても」夫が眠そうな声で鼻の頭を掻いている。
「降ろしてあげたほうがいいのでしょうか……」
「いや、それはまずいでしょう」
「どうしてなんですか!」素頓狂な松田さん。
「よくご覧なさい。お辛いでしょうが……」
 松田さんは頸だけ伸ばして百日紅を五秒ほど見つめ、
「さあ? なにが?」と、怪訝な表情で夫に言った。
「おかしいですよ。奥さんの足が地面に届いています。ほら、膝が少しばかり曲がってるじゃないですか」
 風が吹いたのか、奥さんの長い髪がさわっと揺れた。
「自殺ではなく、他殺かも知れない。下手に動かしてはまずいと思いますよ」
 なるほど。夫の説明で厭だけれど私も裏庭の出来事を詳細に観察した。
 当初は夜目に百日紅の深紅と相まって妖しい一服の絵のように思えた。時間が経つにつれ、よくよく見えて、なんだか醜悪でみっともない。お隣さんだからって事情なんか知る由もないし、ぶら下がっていることだけしか解らない。奥さん、なかなか美人だった。歳のわりにスタイルもよかった。でも……。粗相したのか綺麗な太腿が汚れてる。気がふれたみたいに口が歪んで涎が出てる。
「まず警察でしょうね」結局あたりまえのことを言う夫。
 生臭い。夏の夜に奥さんはもう腐り始めたのかしらん。ああ、厭だ。

 で、私は首吊りを急遽中止してジュリエット方式に変更した。
 今、私は摩周湖の底で毬藻と一緒に沈んでいる。

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