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第37回1000字小説バトル Entry33

この女

 知り合ってまだ間もない彼女から、私の実家に来ない?と誘われた時、それまで女に全く縁のなかったその男は、有頂天になり、信じてもいない神に心底感謝した。
 翌日の夜、男は静かな郊外の田園地帯を、鼻唄まじりで車を走らせていた。彼女の実家に向かって。彼女の両親の姿を思い浮かべながら。
助手席の彼女は、うつむき加減で黙りがちだった。長い髪が彼女の横顔を覆い、少し淋しげな風情も感じられた。
しかし、男は、彼女の態度をそれほど気にもとめなかった。
もともと無口な女だった。
彼女の憂いを含んだ顔立ちと、どこか翳りのある眼差しに男は強く惹かれていた。 
「ほら、あそこ」と、彼女が古い大きな二階建ての屋敷を指差した。
ところどころ微かに薄灯かりが漏れるその屋敷の玄関の前で、男は「心臓が飛び出しそう」と呟いた。
 彼女は、「ええ、私、それが待ちどうしい」と答えると、流れるような素早さで男を中へ導きいれ、ソファーに座らせた。
そして突然、彼女は楽しげに小声で歌を口ずさみ始めた。
「ねえ、ゆっくり休んでって。今日はご馳走よ」
そう言って彼女は口を開け、声をたてて笑った。
男は彼女のそんな顔を初めて見た。
はて、こんなに口の大きい女だったか。それに眼だって……。
でも、まあいいや、と男は、気を取り直し部屋の中を見回した。
そして男は、古ぼけたアルバムを開いて、彼女に訊いた。
「ねえ、この人、誰」
「うん、昔のママなの」
次に男は、古ぼけた冷蔵庫を開いて彼女に訊いた。
「ねえ、この人、誰」
「うん、昔のパパなの」
男は、「俺、帰る」と言って慌てて部屋から出ようとした。
しかし、誤って古ぼけた押入れのドアを開いてしまった。
「ねえ、この人、誰」
「うん、昔のカレなの」 
男は、声を震わせて彼女に訊いた。
「ところで君のママはどうしたんだい」
「ほら、いるじゃない。あなたの後。包丁持って立ってる人」
そう言って彼女は、眼を魚眼のようにかっと開き、口を貝のようにいっぱいに開けて大声で叫ぶように笑った。
その時、男は信じてもいない神を心底恨んだ。

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