第37回1000字小説バトル Entry38
その男は、毎週水曜日と金曜日にスナック「ブルー巣」にやって来る。
開店時間の5分前から店の前の路地で待機し、19時59分を時計で
確認すると、階段を昇り20時丁度にドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
店の奥から声が聞こえるが、それを無視するように入り口に近い
カウンターの2番目の席に必ず座る。
30分間隔で4杯の水割りを飲み、21時と22時に必ずトイレに行く。
帰る時間も、必ず20時50分と決めている。
その男は、山田太郎といい42歳で独身。
ヌボーとした風采で無口。しかも最悪なのは、ケチなことだった。
ホステスは、ただ彼の前にカウンター越しで座っているだけなのである。
時折、ホステスの全身を舐め廻すように眼を動かす。
店の女の子は、彼のことを「変態」と呼ぶ。
「ミカちゃん、山田さんの所に行ってね」
「嫌だよ。あんな変態。誰か交替してよ。もう〜」
山田が、ミカを必ず指名していた。
ミカは、ママに不満をあらわにして仕方がなく山田が待つ席に向かう。
「いらっしゃいませ」
「うん」
「今日は、暑いですね」
「うん」
「ビール飲みたいね」
「ダメ」
「いいじゃないの。たまには飲ませてよ。いいじゃないの。もう」
「ダメ」
それで会話が途切れる。
いつもの様に山田は、ミカの全身を舐めるように目を動かしながら見ている。
時折何を思い出しているのか薄笑いをする。
―この変態! もう嫌だ。馬鹿! 阿呆! 死ね〜!
ミカは、心でそう呟きながら時間が過ぎるのをただ待つだけだった。
ある日から突然山田が来なくなった。もう4ヶ月になる。
―最近来ないよね。あの変態は。
そんな会話が途切れそうになったある水曜日のことである。
20時丁度にアルマーニのスーツを着こなした中年紳士がやってきた。
「いらっしゃいませ。初めてですよね。何に致しますか」
「ヘネシーを御願い。これは、君にプレゼントだ」
中年紳士は、シャネルのマークが入った箱をさりげなく置いた。
「これを私にですか?」
箱を開けると、20万円以上もする時計が入っていた。
「何故こんな高い時計を私にプレゼントしてくれるのですか? 」
「君には4年間迷惑をかけたからな。そのお詫びだ」
「迷惑だなんて。今日初めてでしょう」
ミカは、その中年紳士の顔を改めて見つめた。
「わたしを覚えていないのですか」
「はい」
「俺だよ。わからないのか?」
「山田太郎だよ。君たちが変態呼ばわりしていた山田だよ」
ミカは大きな声で絶唱した。
「誰か助けて〜」