第38回1000字小説バトル Entry12
ときとして、人間の中にはそれと気づかずに、悪意のある行動の小さな芽が発現していることがある。といっても、その時点では本人が悪いと気づいていないのだから、それは善悪の方向性のない、行動の束でしかない。後々、大きく育ったときになって、周囲の意見によって悪いことだと知らされる。
問題は、気づいたときには、その行動の持つ方向性とは無関係に、行動そのものの習性という縛りから抜けきれないことだ。そして自覚しながら反復することで、やがて行動は、明確な悪意を宿したものになる。
夕刊の三面に面白い記事が載っていた。
ホットドッグスタンドで働くCは、その仕事に就いて3年目になる38歳の男だった。以前の職歴については記されていない。
ホットドッグ屋の仕事が退屈なものであるかはわからないが、単調なことは確かだ。マッチ箱のように狭いスタンドの中で同じ動作を繰り返す。彼と彼を取り巻く食材達は完全に一個の機械として機能するわけで、証言にも、「まったく同じホットドッグを作っている気になることがありました。タマネギの分量から、ケチャップがソーセージに乗っている割合まで、寸分違わない気がほんとうにしてくるんです」とあった。
彼は不定期に鼻をほじるのだが、さらにそれを指先で弾く癖があった。この一連の動作が、小世界で唯一の不確定要素であり、2002年ある夏の日、彼の弾いた鼻くそはとてもよく転がった。ころころころ。それは粒々マスタードの壜の中に落ちた。
彼は一瞬、壜に目をやったが、二、三回鼻を鳴らすと店の外の景色を見やり、風の匂いをかいでみた。
彼にとってはその程度のことだったのだ。悪気はない。
数日後、地域特集のひとつで彼の店が週刊雑誌に取り上げられ、店は混雑した。
ふたつの出来事は相関していないが、狭い世界に生きる彼には、他に原因を求めるところがなかったのか、それとも別の考えがあったのかもしれないが、粒々マスタードに鼻くそを投じることに懸命になった。不定期な行為であり、どこに飛ぶかわからないはずの彼の鼻くそは、マスタード行きの定期便となり、客足が減っていくにもかかわらず、増便の一途をたどった。やがて怪しげなマスタードは、完全にそれでしかなくなった。
逮捕されたときには、彼は自分の行動に悪意という明確な方向性を与えていたことが判明した。それがまた、彼を裁判で不利にした。連行されるとき、彼はこう言ったのだ。
「ふざけんな!うまいよ」