第38回1000字小説バトル Entry13
「ポキ、ポキッ」
今日は親指と小指が優しく鳴いてくれたので、 気分は快晴だ。
スピードメーターは30Km/hを示している。
順調な運行は時として退屈でもある。
「20分前にバス操車場を出発しました当車両、安全走行を続けています。最終バス停到着予定時刻は午前10時20分。天気晴れ。気温28度。風力1となっております」
左座席の方から囁く声が耳に届く。
「ママ、運転手さんジャンボジェットのパイロットみたいだね」
「そうよ。多くの乗客の命を預かる点では似ているわね」
俺はダッシュボードからレイバンサングラスを取り出しかけてみた。
「ママ、やっぱりパイロットだよ」
「そうね・・・」
ふふふ、照れるぜ。坊主。バスは一丁目バス停を止まらずに通り過ぎて行く。
俺は徐に手放し運転で運転席に掛けていたダブルの紺のブレザーを羽織ってみた。袖の金ボタンがキザだ。
「ママ、完全にパイロットだよ。たまたまバスのライセンスも持っているんだ」
ふふふ、本当に照れるぜ。坊主。
「エンジンアクセル、ルーズ」
「ブレーキペダル、プッシュオン」
「ターントゥザレフト」
「オートドライブ、キープ」
「ドゥーマイベスト」
坊主は、目をキラキラさせて母親に話し掛けている。
「ママ、英語で何か喋っているよ。パイロットさんって格好いいな」
照れまくりだぞ、このくそ坊主。また二丁目バス停を止まらずに過ぎて行く。停車待ちの人々が口をあんぐり開けたまま見送っている。絵画の「叫び」みたいなイメージだ。
「テイクオフ!」
なぜ離陸なのか自分でも分からない。たぶん心の叫びだな。給料上げろ。次のバス停は停車しないと住民からそろそろ文句が出るはずだ。
坊主の母親がハミングし始めた。俺の操縦に完全に酔った目をしている。たぶん察するに、あの懐かしい「スカイハイ♪」のメロディーだ。俺的には「君の瞳に恋してる♪」が好きだよ。奥さん。
おおお、操縦桿が重いぞ。「緊急事態発生!管制塔応答願います!」
何だよバス停に停車中だったのか。
「テイクオフ!」俺はもう一度アナウンスした。いつの間にか坊主も母親もあきれて転寝している。
天使が背中を通りすぎたと欧米では表現するエンジン音すら聞こえない程の静寂が車内に拡がっている。
グリーンのレイバンがバックミラーの中でエメラルドの様に一心に煌めいていた。
こうやって俺のバスは三丁目バス停を後に 、ロマンティックにテイクオフして行<く。