第38回1000字小説バトル Entry19
秘密を孕んで、彼女はますます美しくなった。体の内側から発する不思議な熱で、頬はピンクに染まり、瞳は物思わしげに潤んだ。手を取るといつもかっかと熱かった。次第に体を動かすのも大儀になったようで、彼女の所作を見ている僕は妊婦を思った。
そのうち本当に腹まで膨らみ出した。でもそれは人目につかない程度の膨らみで、細身のジーンズが入らなくなった程度のことだった。長身の彼女があれこれ着るものを工夫すると、簡単にその丸みも目立たなくなった。―妊娠すると、女ってきっとこんな苦労をするのよね、と彼女は笑って言った。僕もその調子に合わせて、―どうせならマタニティドレスでも買ったら、と言うと、これは彼女の癇に障ったようだった。幸い、腹の膨らみはそれ以上は大きくならなかった。
問題は眠る時だった―それとセックスの時。彼女はうつ伏せの姿勢で眠るのが好きだったのだけれど、腹が邪魔をしてそれが難しくなった。寝苦しがって転転としながら彼女は、―お腹の中で何か蠢いているみたい、と言った。―眠る時ぐらい何もかも忘れて一人になりたいのに、とも言った。僕は脚を揉んだり腰を擦ったりして彼女を眠りへ誘う手助けをした。
セックスの時の問題も基本は同じだった。要は僕が上になる姿勢の時、腹部を圧迫しないように気を付けなくてはならないということだ。もちろん中に赤ん坊が入っているわけではないのだけれど、腹部を圧迫されると彼女自身が不快を感じるらしかった。それほどまでに秘密と彼女は渾然一体となっていたのだ。
やがてその秘密が白日の下に曝された時、人々は予期されたほど驚かなかった。彼女の孕んだ秘密はさる王様の危篤ということで、王が死んでその秘密は大っぴらにされたのだ。だいたい、人は他人の死ということには驚くほど無関心なものだ―人はいずれ死ぬという定理を、自分以外の他人には実に容易に当てはめて安心していられる。
内容物を失った彼女の腹はあっけなくしぼみ、後には少しだけ皮のたるみが残っ
た。彼女は何かがっかりしたように見えた。
―ほんというと、と彼女は僕に打ち明けた。―優越感に浸りたかったの。秘密が明
かされる時、何かものすごい優越感を味わえるんじゃないかと思った。だからあんな
こと、引き受けたの。決してお金のためなんかじゃなかった。
―いいじゃないか、と僕は言った。―今度は自分のためになる秘密にすればいい
さ。
彼女は何故か顔を赤らめた。