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第38回1000字小説バトル Entry2

前略 齋藤先生

 今、あの壁の前に来ています。
触れたくて触れたくて堪らなくて、齋藤先生に週に一度は手紙を書いて、浮いたり沈んだり思いをぶつけていた私があの壁の前に立ってます。

 齋藤先生はあの誰だかっていう有名なメキシコの建築家に逢いたくて家に入れてもらいたくて、
「あなたの家の芝生に触れたい」
と手紙を書いて、一週間その家の前で野宿してお手伝いのおばちゃんにくすっと笑われ、ねえそろそろ入れてあげたら? と口添えされやっと入ることが出来たとおっし ゃいましたね。そして二人はぶつかって、打ち解けあって、くるくる廻って光になった。
齋藤先生はその建築家の作品を撮り写真集を出して、その写真集は今も世界で一番売れている写真集だと話してくださいましたね。

 私も先生のお造りになったこの壁に触れたくて、この壁に逢いたくて、立っている場所に行きたくて、でも東京中を一軒一軒訪ねる気力はなくて、齋藤先生に手紙を書いて、それでも駄目なら一番上等なそば粉を持って、
「齋藤先生どうぞ私を好きにしてください」
と先生の事務所のドアを叩こうと思っていたのです。
だけど先生は簡単に壁の住所を教えてくださいました。私はちょっぴり残念でした。私、本当にあなたの女になってもいいと思ったのです。そして捨てられてどこかの建物の鉄筋コンクリートの壁に埋められてもいいと思ったのです。齋藤先生、もしかしてこの壁には先生が捨てた女の人が埋まっているのでしょうか? だって、この上品な壁、女の肌みたい。(と指でなぞる)

 樅の木の肌がこんなに綺麗に模られているなんて。
さっきからもう二時間も眺めてるというのに見飽きる事がありません。この壁の向こうには百日紅が植えてあるのですよね? ここからも少し見えるブルーの万華鏡ようなガラスの中で百日紅がキラキラ輝いているんでしょうね。大連の土の紅い壁と阿波のインディゴ染和紙の壁に挟まれた廊下を想像して、私ここで独り身悶えします。それは大好きな人の心臓や肝臓のことを想像しているのと同じ感覚なのです。ああ、私この中に入りたいのです。でも先生が、
「外だけにして下さい」
とおっしゃったので我慢しています。

 でも観たい!

 私カバン一つで東京に出てきてこのまま壁だけ眺めて帰るなんてイヤです。イヤですイヤです先生。私チャイムを押してしまいそう。だってここに、人差し指の目の前にチャイムがあるんです。ねえ先生チャイムって押すものでしょう?

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