第38回1000字小説バトル Entry4
「ソースって、どこが起源なんだろうね?」
妹は鱈のフライにとんかつソースをかけながら、唐突に口を開いた。
そのまま、沈黙を嫌うかのように言葉を継ぐ。
「だって、醤油は日本が起源でしょ。ソースはなんで、とんかつソースもタルタルソ
ースも、同なじにソースっていうのかな?」
母親がこれ幸いと提示された話題に飛びつく。
「あら、醤油は中国にもあるわよ」
「う〜ん、そういうことじゃなくて……つまり、ソースって名前はどこで生まれたの
かなって」
「ソースっていっても色々な種類があるじゃない? だからきっと、ソースっていう
のは、そういうものの総称なんじゃないの?」
「うん……」
そういうことを言ってるんじゃないんだけれど――妹は口に出さずにそういった。
この間、私は黙って、夕食を口に運んでいる。話を振られても、答える気はない。
例えば、「文明はチグリス・ユーフラテス……の四大文明から発祥しました」とい
うが、ネイティブアメリカンに文明はなかったのか? インカ帝国は嘘っぱちか?
彼女は「醤油は日本が起源だ」といったが、ベトナムにもニョクマム、ナンプラが
あるし、そもそも中国の肉醤が醤油の起源だ。
ソースとは素材の味付けであって、フランス人だろうが日本人だろうがアボリジニ
ーだろうがマヤ族だろうが、世界中の誰もがしていたことだ。誰の専売特許でもな
い。
――もちろん、彼女がいっているのが、こんなことでないのは分かっている。
彼女がいっているのは「ソース」というブランドについてだ。ウスターソースだろ
うがオイスターソースだろうがソイソースだろうが、全部「ソース」だ。彼女が話題
にしたのは、その名称を誰がつけたのかということだ。史実がどうだったのかなど、
聞いちゃいない。
彼女にとって、世界は「名称と用法のきまった手段(幸せという固形物を手にする
道具)」であって、名称の奥の「意味」など必要としていやしない。
私と彼女はこの先も一生、解かりあうことはないだろう。私に彼女の苦悩はわから
ないし、彼女にも私の幸せはわからない。
「ねえ、どう思う?」
母親は、黙々と咀嚼をつづける私に話を振ってきた。食卓に満遍なく会話を振るの
は、母親の義務だろうし、それを無碍なく拒むのは息子としての私の責務に反する。
だから私は、こうとだけ答えた。
「そーっすね」