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第39回1000字小説バトル Entry14

君の静かなシルエット

 予備校の授業を抜け出し君と手をつないで通った二の丸公園は、今でも素敵な想い出の渦の中で煌めいている。
 
 坂の途中にある図書館に立ち寄ると、仲間達から冷やかしの祝福を受けた。まるで、ライスシャワーが歓喜と羨望の狭間で降りかかって来たかのようだった。
 気の置けない連中がウィンクしながら走り去って行くなかで、「ふふ」と君が笑っている。

 風景がメリーゴーランドみたいに回るなか、お城の石畳を一息に駆け登って行くと、植物園の正門に辿り着く。中門を抜け、鳥の啼声が切れる頃には城下の町並みが一望できる蔦の絡まる石碑の裏側にいた。
 残暑の日陰のベンチは静謐な冷たさを残していて、困ったように君は片えくぼをこしらえている。
 理由もなく融け合った空間の緑葉の匂いが新鮮で嬉しくて、それは僕の心の中に震えた唇の残像を落とした。
 樹木溢れる閑静な玉砂利の遊歩道を歩くうちに、予備校の授業をサボった時間が速く過ぎていくのに驚かされる。
 そして植物園の正門をこっそり出てくる頃には、少しばかり大人になった錯覚が互いの声をひそめてしまうことになる。
 君の横顔が、陰鬱な受験生活を物語っているようにも見え、僕は言葉をさがした。
 同じ気分を共有している君のとても過敏なうなじは、大理石のそれの様に白くて切ないほどに美しい。未熟なフェロモンを健気に放っているようにも見える。
 公園の中にある美術館のテラスで休憩をしてコーヒーを飲む頃には、すっかり君も和んだ表情をしていた。
 瞳の奥に僕が入り込み、君は吸えないタバコに火を点している。
 参考書とペンシルケースとバスの定期にショートホープとリップクリームが、テーブルの上に雑然と並べられ、大学生との違いを蒼く訴えていた。

 前の広場では、大学生達がソフトボールに夢中になっている。 
「私の予備校の想い出は、世界史とあなたのこと。どちらも上手く覚えられない。この事はずっと忘れないでね」
 君の柔らかい胸の脹らみにかくれた、いつか訪れるであろう別離への不安が、震え続ける肩から僕に沁みてきた。
 夕焼けの中の大学生達を前に、ずっとこのまま抱き締めておこうと思った。

 君の静かなシルエットを記憶の森に置き忘れても、僕はきっとまた探し出せそうな気がしていた。
 遠い植物園の白い正門と緑の森が涙で薄ぼんやりと滲み始めた一瞬、ファインダーを覗くようにして約束した。
 1978 夏 ・・・キミヲワスレナイ

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