第39回1000字小説バトル Entry16
紐が奇妙な形に締まって、ただの塊になった。
「また失敗しちゃったの、清水さん?」
ケアワーカーが笑った。
「どうも難しい」
車椅子に座った清水敏次は、紐を持ったまま左肩をすくめる。
彼の右肩から繋がっている腕は、だらりと下がっている。そして、右の足には補装具がはめられていた。
「どうなさいます? 今日のリハビリはこれで終わりにしますか?」
「いや、まだやる」
清水は、再び紐を結び始めた。
指先を健常者の二倍働かし、口を第二の指先として、動かない手をフックとして使う。
幾度も口から紐が外れ、指先が紐を取り落とす。
十数分後。
きゅっ。
結び目が綺麗に締まった。
「まあ、良くできたじゃない、清水さん!」
ケアワーカーが手を叩く。
「ああ」
清水はほんの少しだけ微笑んだ。
「これなら、人間だって支えられますよ」
「そう思うか」
「でも、紐の結び方ばっかり覚えて、どうするんですか?」
「……べ、別にどうも。指先は大事だろう」
彼は視線を逸らした。
「お疲れ様でした」
デイサービスの職員が帰って行くのを見送った後、彼はドアを閉め鍵をかけ、部屋の明かりをつける。
蛍光灯が、薄暗い部屋の中を照らした。
散らかった部屋の片隅には、フォトスタンドが一つ置かれている。そこには、両足で立つ清水と妻の友恵が写った写真が、入っていた。
「ふぅ……」
フォトスタンドの前には、青い指輪のケースが一つ置かれていた。
『――胃潰瘍を繰り返したせいで、胃癌を引き起こした様です』
去年の医師の言葉がはっきり耳に残っている。
『――もう骨髄にまで転移していますので、治療は……』
清水は妻の写真の前で紐を結ぶ。
『――検診を受けられない程忙しかったんですか?』
失敗しても、続けた。何度も、何度も続けた。
(なんで友恵が!)
何度も。
(俺のせいで!)
何度も。
(俺の!)
その時、結び目が締まった。
翌朝。
「お早うございます、清水さん」
ホームヘルパーが、ドアをノックする。
返事はなかった。
「清水さん――?」
合い鍵でドアが開いた。
「清水さん」
寝室をノックするが、返事はなかった。
「……まあいいか」
台所へ向かおうとしたヘルパーは、足を止めた。
「へえ」
ヘルパーは微笑んだ。
「一回忌、だったかしら」
フォトスタンドの前には、不器用にリボンが結ばれた青い指輪のケースが置かれていた。
『……銀婚だよ』
少々不機嫌そうな声がして、寝室のドアが開いた。