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第39回1000字小説バトル Entry19

あの人は今

 今回は、車好夫さんを尋ねます。
 好夫さんは23歳の時、当時運動が盛んだった嫌煙権、つまりたばこ反対の団体と協力し、マスコミも巻き込んで、政府や車メーカーに抗議活動をされました。
 車内禁煙という明治時代に決められた法律は一般乗用車にも適用されるから、車に灰皿が付いているのは法律違反を奨励している、という事で当時は法律の見なおし現象なども起こりましたから、覚えていらっしゃる方もおられるのではないでしょうか。
 車内のたばこが子供に与える影響も研究され、肺ガンの発生率が喫煙者と同じだと判ると、車メーカーもこぞって灰皿撤去に乗り出しました。
 この運動で法律も改正され、子供が同乗しない場合に限ってのみ喫煙が認められ、違反者はシートベルト未着用と同じ1点減点となりました。
 シートベルトといえば、当時外国には乗車する際に、自動的に装着される車があるのに何故日本には無いのかと、今では当たり前のシートベルト自動装着装置の設置が義務付けされたのもこの頃です。
 しかし何といっても、今ではクラシックカーにしか見られない速度計です。当時は160キロまでの目盛がありました。
 もちろん、こんな速度は法律で禁止されています。当時の高速道路でさえ100キロが制限速度でしたから、60キロも速度オーバーでは免停どころか取消しもあり得ます。
 好夫さんは当時、速度超過による罰金をノルマとして吸収し、上納金として運用していた警察に対し、喧嘩を売った形になりました。
 これは恐らく相当の圧力があったと想像されますが、ついに運輸関係やタクシー会社、そして速度違反者の多くの人の賛同を得て、速度超過が出来ない装置の設置を義務付けさせたのでした。
 この仕組みは単純で、アクセルを踏んでも制限速度を越えそうになると、自動的に燃料がカットされ速度を上げられないというものでした。今では車間距離や信号尊守の自動運転装置がありますが、当時は標識の下に設置する速度指示装置(SIU)の為に、多くの資金が使われましたが、その影響で逆に産業界は活性化し、失業率も減ったのです。

 あれ以来、人前に姿を現わさなくなった好夫さんですが、やっとカナダで見つけました。今は大変なお金持ちと聞いています。何故あれだけの情熱を持ち続けられたのか早速聞いてみましょう。

「本当の事が聞きたいの? …もう時効だろうから言うけど、実はあの装置の特許を持ってたんですよ」

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