第39回1000字小説バトル Entry2
今年九歳になる娘が、新しい浴衣を欲しがった。
友達と浴衣を着て、お祭りに行く約束をしたらしい。今まで着ていた白地に花柄の子供らしい浴衣は、既に丈が短くなっている。
「欲しいなら買ってやれば?楽しみにしてんだろ?」
娘との会話の一部始終を聞いていた夫がそう言うやいなやどこかに出かけて行き、二時間程して手に大きな紙袋を下げて帰宅した。袋の中には浴衣と帯と下駄の三点セットが入っていた。夫は炎天下の中、娘の浴衣を買いに店をハシゴしたのだそうだ。
浴衣は夕闇を思わせる濃紺に、色とりどりの向日葵の絵が描かれている。娘は大喜びでさっそく服の上からそれを羽織り、鏡に映った自分の姿を少し照れ臭そうに眺めていた。
腹に響く太鼓の音を合図に、夕暮れを待たず祭りは始まった。盆踊りの為に組まれたやぐらの回りにはたくさんの露天が軒を並べ、祭りをいっそう華やかに盛り上げている。
黄色い帯を締め髪をいつもよりも高く結い上げた娘は、友達の姿を見つけると嬉しそうに駆け寄ってそのままどこかへ行ってしまった。下の子が、姉と一緒に行きたがってぐずり出す。
やがて夕暮れが訪れてちょうちんや屋台に明かりが灯された。祭りの盛り上がりは最高潮を迎え、人々はまるで何かに憑りつかれたように輪になって踊り続ける。同じ曲を何度も何度も。
いつも見慣れた公園の広場が、何故か初めて訪れた見知らぬ土地のように感じられて軽い目眩を感じた。酔っているんだろうか。
「ごめん、ちょっとトイレに行って来る」
夫に下の子を預けて、ひとり歩き出す。さっきまで吹いていた風も止んで、蒸し暑い空気がねっとりと私にまとわりつく。帰り道、階段の上に座っている娘の姿を見つけた。浴衣だという事をすっかり忘れて足を左右に大きく開いている。真っ白いショーツが、闇に紛れた濃紺の浴衣から妖しく浮き上がって見えた。
あの女は誰……?あれは私の知っている健康的で愛らしい少女の姿では無かった。いつものスカートを浴衣に着替えただけなのに、足の間から立ちのぼるむせ返るように淫猥な空気は一体何なんだろう……
「おい、何してんだ?」
驚いて振り向くと、そこには夫が不思議そうな顔をして立っていた。
「ううん、何でもない……」
「お父さーん!お母さーん!」
私達に気付いた娘が大きく手を振って、階段から駆け降りて来た。その時再び吹き出した風が、淀んだ空気と祭り囃子を夜空高く巻き上げて行った。