第39回1000字小説バトル Entry8
前々から気になってはいたのだが、僕に絡まった糸はだんだんきつく複雑になっていって、いよいよ身動きもとれないほどのところまできてしまった。右手を持ち上げようとすれば左足がきしみ、口を開こうとすれば右の耳がちぎれそうになる。そんな具合でどうにもならない僕はひとり自分の部屋でじっとベッドに横たわっていた。
うまく生きていると思っていた。誰も傷つけないように、誰からも嫌われないようにやってきた。その挙句がこのザマだ。みんなと仲良くしましょうね、って田畑先生は言ってたのに。
とつぜん左手が引っ張られた。腹が避けそうになる。なんとか左腕に力を入れて踏ん張ってみるが、小指がちぎれてしまいそうに痛い。顔は動かさずに目だけを左手のほうに向けると、そこには赤い糸が結ばれていた。ほのかな光を帯びた赤い糸は、ピンと張って部屋の外に向かっている。
よりによってこんなときに、と自分の運命を呪ったが、すぐに考えを変えた。これはチャンスだ。
なおも小指は引っ張られた。すべての力を込めて僕は耐えた。小指がちぎれたっていい、と思ったが、それはまずいとすぐに思い直した。
どれくらい時間が経ったのかはっきりしたところは分からないが、窓から入ってくる光は薄くなっていた。
チャイムが鳴った。玄関まで行くことはできない。
「開い、ってます!」
必死に声をあげた。耳の皮が剥けた。
少しして、ドアが開いた。おじゃまします、と言う声は高かった。靴を脱ぐ音がした。足音が近づいてきて、僕のそばで止まった。覚悟を決めて、振り向いた。右腕があらぬ方向に曲がった。頬から血が流れるのを感じた。
目だけで睨み上げるように彼女を見た。まずまずだ。一目見ただけで運命を感じるほどではないが、赤い糸のことは信じてもいいだろう。それにしても体中が痛い。
彼女はうっすらと涙を浮かべて僕を見つめていた。
「やっと、あ、会えたね」
頭が締め付けられたが、言わねばならない言葉だった。彼女は机の上に目をやって、ハサミを手に取った。そっと近づけて、僕の顔をゆがませていた糸を切った。
僕はたまらない開放感と愛の予感に満ち溢れ、満面の笑みを浮かべて再び言った。
「やっと会えたね」
彼女はまじまじと僕の顔を見つめ、それから首をすくめ、肩を落として、赤い糸にハサミを入れた。切れ目がはらりと床に落ちた。
ドアの閉まる音が聞こえ、ああ、右腕折れてるなあ、と僕は思った。