銭形平次 八五郎の大晦日
今月のゲスト:ChatGPT
大晦日、神田明神下は新年の準備に追われる人々で大騒ぎ。どこからともなく聞こえるは蕎麦をすする音、そして子どもの笑い声。しかし、その喧騒の中、ひときわ緊迫感あふれる追跡劇が展開されていた。
「八! ここにいるのはわかってるぞォ!」
「出てきやがれ、蕎麦代返せェ!」
掛取りたちの怒号があちこちから響く。蕎麦屋、酒屋、団子屋に魚屋。あろうことか、八百屋まで参戦している。狙いはただ一人、銭形平次の子分・八五郎。
八五郎はというと、平次の長屋の裏手にしゃがみ込んで必死に息を潜めていた。
「なんでこうなるかなぁ。今年のツケは来年払うって、みんな納得してたじゃねぇか!」
いや、納得していない。むしろ全員、八五郎の言う「来年」が一生来ないと確信している。
その頃、長屋では平次が縁側で茶をすすりながらのんびりしていた。
「今年も静かに年越しできそうだな」
隣で正月の料理を準備していたお静が、包丁をトントンと刻む手を止めて顔をしかめた。
「親分、八公がまたツケ取りから逃げ回ってるみたいですよ」
「ほぅ、またか。あいつも懲りないやつだ」
お静は苛立ちを隠さず言った。
「親分が甘やかすからですよ! あの男、まったく成長しませんねぇ。それどころか、平次さんのそばにいるときだけ妙に嬉しそうで気持ち悪い!」
「そりゃあ、お前、俺の人徳ってやつだろう」
平次はそう言ってケラケラ笑ったが、お静は鋭い目で睨む。彼女には気づいている。八五郎がただの子分以上の感情を平次に抱いていることを。
一方、裏手では八五郎が考えに考え、天才的なアイデアをひねり出していた。
「そうだ!変装して別人になれば、掛取りどもも気づかねぇ!」
平次の家の干し物から古びた袈裟を引っ張り出し、頭巾をかぶると、八五郎は自信満々で長屋を出た。
「どこからどう見ても立派な坊さんだ! 俺に気づく奴なんていやしねぇ!」
だが、彼の雄姿は長続きしなかった。
「あれ? おい、その坊主、顔が八公そっくりじゃねぇか?」
蕎麦屋の親爺がジロリと睨みつける。
「え、ええ、いえいえ!私はただの旅の修行僧でございます。煩悩を断ち切る旅の途中で――」
「煩悩の塊が何ぬかしてやがる!」
その瞬間、遠くからスッと何かが飛んできた。キラリと光るそれは銀貨。親爺の手元に収まると、周囲の掛取りたちも次々と沈黙した。
「これで八の分を頼むよ」
いつの間にか現れていたのは銭形平次だった。
平次は八五郎を呼び寄せ、頭を軽くポンと叩いた。
「八、これで今年のツケはチャラにしてやった。でもな、これが最後だぞ」
八五郎は感極まって泣きそうになりながら言った。
「親分……あっし、本当のことを言います……親分のことが――」
その瞬間、横から包丁を持ったお静がズカズカと現れた。
「八公、いい加減にしなさいよ!」
八五郎は青ざめ、慌てて声を変える。
「い、いや、親分が大好きって意味で! その……子分としてね!」
お静はジロリと睨みをきかせ、ため息をついた。
「どうせ来年もやらかすでしょうけど、親分の迷惑にならない程度にしなさいよ」
平次はその様子を笑いながら見つめ、八五郎にこう言った。
「八、お前は変わらなくてもいいさ。来年もその調子で頼むよ」
八五郎は妙に浮かれた様子で「来年こそ!」と胸を張ったが、果たしてどうなるやら……。
大晦日の夜空には、月明かりと笑い声が満ちていた。