第17回3000字小説バトル Entry17
お父さん、お父さん。起きて。
だめよ、こんなところで寝ちゃ。風邪引くわよ。
一人でずっと飲んでいたの。あきれた。
気分がいいって? そう、よかったわね。
もっと飲みたい? いけません。明日があるんですからね。二日酔いになったらどうするの。お母さん? 先に寝たみたいよ。明日はお母さんの方も忙しいのだから、寝かしといてあげなさい。私は寝ないのかって。そうね。もう少ししたら寝るわ。まだ十二時前でしょう。でも、眠れるかな。
そうだ、お茶入れてあげようか。私もお付き合いするから。三笠山があるわよ。一個はいらない? じゃ、半分こしようか。太るかな。まぁ、いいか。特別な夜だものね。
どうしたの? 私、何かへん? 何でそんな目で見るの?
お母さんに似てきた? この笑い皺が? それはそうでしょう。娘だもの。
いやねぇ、しみじみしちゃって。何で急にそんなこといいだすの。今日が今日だから? それもそうね。無理もないかな。
でも、へんね。私、今年二十九、もうお母さんの死んだ歳、二つも過ぎたわ。
それってお父さんの心の中では、お母さんが育ってるってことかな。何かおかしいわね。だからかな、最近お母さんのことうまく思い出せないんだ。お母さんが死んでからの方がもう人生長いし、普段は今のお母さんがずっといっしょにいたような気がしてる。そんなもん? そうかな。
でも、忘れるんだよね、やっぱり。今のお母さんには悪いけど、淋しいね。
お父さんはどう? いきなり聞いたらだめ? だって、私よりは覚えているでしょう。
好きだったんだよね。愛してたんだ。そうでしょ。照れないでよ。でなければ、連れ子のいる女の人なんかと結婚しないもの。ちゃんと話してよ。私、本当にお母さんのこともう一度知っておきたいの。これ以上忘れたくないから……。
お母さん、お父さんといた時が一番幸せだったんだよね。それくらいのこと、あってもいいよね。最初の結婚は死んだお父さんの看病ばかりだったっていうし。なんで私生んだのだろう?
でも、お母さん、独身の時はモテたでしょ。私の想像なんだけどね。だって、結構美人だったし、お父さんが横恋慕していたわけだし。一度振られた? そうだったの。初めて聞いたわ。プロポーズ、ちゃんとしたの?
うーん、どうかなそれは。お母さんもわからなかったんじゃないかな。お嬢様で、なんか鈍いところあったでしょう? だから、お父さんが勝手に振られたってそう思い込んでいた。そんなことはないかな?
じゃ、お母さんが、私の本当のお父さんと結婚するって聞いた時はショックだったでしょう。泣いた? 聞いてゴメン。でも、よかったわね。お母さん、お父さんに二度も求婚されて。だってそんなこと普通ある?
死んだお父さんのこと、覚えているかって? 無理よ。三歳だもの。それに、たぶん忘れたかったのだと思うわ。私、その頃の記憶がまったくないの。でもね。帽子をかぶった人の印象があるわ。後で見た写真のせいかな。……わからない。でも、お父さんは帽子かぶらないでしょう。親友だったって本当? そう。よかった。
でも、想像つかないな。恋敵でもあったわけでしょう。つらくなかった? なんかカッコつけちゃうんだよね、お父さんは。でも、なんか情けないな。まぁ、最後はこういうことになったからいいけど、やっぱりお父さんには最初から頑張って欲しかったな。
生きていればって? 駄目よ。そんなこと考えても意味ないでしょ。もう死んだお父さんのことはいいんだ。今のお父さんが無くなってしまう。バカなこといわないで。死んだ者貧乏。それでいいのよ。だって、この先も死んだお父さんのことまで引きずっていたら、私、重すぎる。お母さんだけだって……。
いやだわ。どうしてお父さんが謝るのよ。違うわ。ごめん。そうじゃないの。私の方がお礼いわなくちゃいけないの。なかなか照れくさくていえなかったけど、感謝しています。ありがとう。ちゃんと育ててくれて。一度いわなきゃと思っていたから、いえてよかった。
でも、ほんと、死んだお母さんって、これ以上ないくらいわがままよね。笑っちゃうくらいわがままよ。ほんと、笑っちゃう。笑ってもいい? お父さん、笑おうよ……。
そうだ、明日の用意できてる? ワイシャツは洗濯屋さんから上って来てるし、靴は大丈夫? 雅夫さんに電話? ああ、さっきしました。お父さんによろしくって。お茶、入れなおす? そうね、まだなんだか寝るのが惜しいみたいだから。
わがままは、お父さんの方だって? まだこだわっているの?
今のお母さんのこと? そんなことないわよ。私、認めてるわよ。私にはやっぱり新しいお母さんが必要だったって。疑っているの?
そうね。あんなことしたものね。正直にいうと、確かにショックだったかな。
でも、今なら、もう少しわかるわ。あの時は、死んだお母さんのことというより、お父さんを独占したかったのね。単純よね。バカみたいに単純だわ。だからでしょう。親の注意を引きたくて、初めは万引きしたりした。それは、新しいお母さんを困らせたかったというのもあったけど、本当は違うと思うの。
ただ、いつの間にか何でそんなことをしているのかわからなくなって。あの時の仲間たちも、みんな似たような感じだったわ。追いかけて欲しくて逃げているような。でも、だんだん感覚がマヒしてしまうのね。そのたびに新しい刺激が欲しくなって、その刺激をいっしょに秘密で分け合うことで、仲間たちとは安心できたわ。ここなら大丈夫。自分は必要とされている。自分は認められているって。
その代わり家からも学校からも遠ざかって。しかたないよね。勝手に逃げたのだから。追いかけてくれないからって、文句いえないわよ。でも、その時はそんな風に考えられなかった。淋しかったわ。
最後には何がなんだかわからなくなって、みんないやで、逃げ出したいのだけれど、どうしたらいいのかわからなくて。そうしたら、こう思えたの。本当に逃げ出したがっているのは、自分自身からじゃないかって。何がいやなのか。本当は、自分がいやなんだって。もう病気だったわね。だから自殺しようと思った時、素晴らしいことを思いついたような気がしたわ。
睡眠薬は仲間からもらったの。ラリっているのには慣れてたし。だけど、本当にしたかったのは狂言自殺だったと思うわ。ところが、しっかり動脈まで傷つけてしまってね。お風呂の水につけながら困ったなどうしようと思った。血って赤いけど、濁った赤ね。いやな色だったなぁ。
気がついたら病院だったわ。身体中が冷たくてね。お父さんの声で気がついたのよ。私の血を採ってください。同じA型ですって。お医者さんは本物の親子だと思ったのでしょうね。
嬉しかったわ。お父さんの暖かな血が500CC、私の身体の中に流れてる、そう思った時。あの時から、私とお父さんは赤の他人じゃない。ちゃんと血のつながった親子だって、そう思えるようになったの。もう一人じゃないってね。ほんとよ。ほんとうに、嬉しかったの。
だから、私、お父さんの娘です。お父さんの血、大切にします。
いやだ、お父さん、そんな物で顔拭かないでよ。しっかりして。
いやだわ、お父さん……。
ほんとうに、ありがとう。私、幸せです。
ありがとう。
明日、ヴァージンロード、お願いします。私、きっと、泣かずに歩けます。
ありがとう、お父さん……。
ありがとう。