第17回3000字小説バトル Entry18
山に篭って40年。始めの頃は山を降りないように、片方のマユだけ剃り落としたりしたものだが肉体の鍛錬ばかりでなく、精神の修行も怠りなくこなした私は、既に人間の域を越え、超人として生まれ変わっていた。
最後の10年は、達磨大師のごとく座禅を組み、洞穴の中で飲まず食わずで岩と化していた。まぁ逸話は随分出来たかもしれないが、今の私にはそんな事はどうでも良いことだ。
私は一握の砂であり、海であり、宇宙でもあった。空飛ぶ雲雀であり、水を泳ぐ鮭であり、野を駆る兎でもあった。私は自分であり自分ではなかった。暗であり明であった。有であり無でもあった。私は確かにその時、そういう存在だった。
山を降りると、私は赴くままに使命を果たし始めた。
東に悪さをする子供がいれば、行って懲らしめた。
西に疲れた女がいれば、暖かく慰めた。
南に死の病に苦しみむ父がいれば、死への恐怖を取り除いた。
北に暴力や不正があれば、正義とは何かを説いた。
しかし、東では子供達から罵倒され、西では強姦されたと訴えられ、南では死神と恐れられ、北では偽善者と呼ばれた。
どうも私のやり方では良くないようだ。今の世の中には受け入れて貰えないらしい。私が使命を果たそうとすればするほど、反感を買ってしまう。これはまだまだ私の修行が足りないという事だ。
だが、どうしても彼らを放ってはおけなかった私は、後継者を作る事にした。私の今の能力を持ってすれば、瞬時に私と同じ能力を与えることが出来た。
自分の責任を他人に押し付ける形になってしまうが、今の若者達ならば、今の彼らの感覚で、正義の超人として世界を救えるだろう。
私は品行方正な若者を選ぶと、彼の能力を私と同じにして後を任せた。
目覚めると、僕は覆面をポケットに入れ街へ出かけた。覆面は強盗なんかする為じゃなくて、人知れず超人として活躍するためだ。
僕はある老人からの依頼で超人になってしまった。空も飛べたし、力も強く、動くスピードも速い。小さい頃憧れていた子供向けのヒーローみたいだった。
でもヒーローはやっぱり目立っちゃいけない。彼らは人知れず戦うものだから、僕はレスラー用のマスクを街で買いこんだ。いくらなんでもタイツ姿に着替えるというのは恥ずかしい。
でもヒーローとして活躍するうちに、そのヒーロー像は僕の中でどんどん変わっていった。僕はやっぱり人間だ、勧善懲悪なんてあり得ない。僕の心の中には、良い心もあるけれど悪い心だってあるんだ。もちろん悪い事にこの力を使ったことはないが、なんでも出来る能力があれば、たまには自分の為にとか、エッチな事だって考えてしまう。
僕の葛藤がピークを迎えたとき、ある考えが閃いた。ヒーローを廃業するのだ。もちろん僕のこの仕事を引き継いで貰える人を探せばいい。いや同じ能力を持つ超人を作ればいいんだ。その力がある事は知っていた。何人も作れば、彼らだって少しは休める。そのうち又気が向いたら、正義の味方に戻ればいいんだ。
超人の候補には悩んだが、僕の好みで選ぶよりも無作為に選んだ方がいいだろうと、通学途中にこの電車に乗っている人を、まるまるそのまま超人にした。こうして年齢も性別も、国籍さえも色々な超人が誕生してしまった。
「ダァーン」猟銃の音が響きわたると、女性の悲鳴がそれを追いかけた。
「静かにして、床に伏せろ! おいそこの女、このバッグに金を入れるんだ」
二人組の銀行強盗が投げた黒いバッグに、カウンターにあった金を入れながら、判らないように非常ボタンを押した窓口の女性は、近くにあった10円硬貨を摘むと、指でピンピンと弾いた。
放たれた10円玉は、二人の銀行強盗の腕をえぐって突き抜け壁に刺さった。猟銃は強盗の手から離れていた。
「大人しくしなさい」
指弾した窓口の女性は、空中に浮かび上がったと思うと猟銃を取り上げ、彼らを取り押さえた。
翌日の新聞に名前ばかりか年齢まで載ってしまい、憤慨した彼女は、その後空を飛んでも大丈夫なように、スカートの下には気をつけているらしい。
今日の食事を確保しようと、コンビニのごみ置き場から弁当を漁っていた浮浪者を突き飛ばしたベンツから降りた男の胸には、冷たくて鈍い輝きの拳銃が収まっていた。始めは無視しようと思っていた浮浪者も、男が拳銃を抜いて人に向けた途端、声を出していた。
「止めろ!」
言った途端、拳銃は男の手を離れ、浮浪者の前に転がった。
「て、てめえ何しやがんでぇ」
男は慌てて拳銃を拾いに浮浪者の方へ向かったが、浮浪者に睨まれた途端、空中に浮かび上がって、手足をバタバタさせた。
騒ぎに気付いて呼ばれた警察が来たときには、やっと地上に降りられた男は捕まったが、浮浪者の姿は無かった。
人気タレントの田鍋ひかりは、超人ピカリンとして売りだし、本当のヒロインとして正義を説き始めた。若者達はこぞって彼女の活躍を求め、新聞に彼女の記事が載らない日は無かった。
始めはファッシンのようなものだったが、彼女はテレビに出演する傍ら、正義超人としての道を歩み始めた。そんな彼女を声援するファンの心は、彼女の言葉に影響されていった。
アメリカに戻ったジョージは、名前をクラーク・ケントと変え、スーパー・マンとして活躍しようとしたらしいが、パテントの関係でスーパー・マンという名前が使えず、スーパー・ジョージとして活躍を始めた。しかし世論の影響でスーパー・マンという名前を使えるようになるらしいという報道が流れた。
彼らは僕のように、誰なのか判らないように姿を隠して活躍するという事には興味がないらしい。逆に自分が誰なのかをアピールし、人に覚えて貰おうとさえしていた。
街角には超人が溢れ、あっちの角でもこっちの角でも空中に浮く彼らを見る事が出来た。
超人になった彼らは、正義の為にだけその力が発揮出来た。
ただ、色ボケ爺マンだけが、女湯に突然裸で出現した。ご隠居レデイの豊満なちちぶさん締めからの金的という連続技を受け、悶絶して事無きを得たのだけが例外だった。
なんだか彼らのあっけらかんとした姿に、僕の今までの悩みはなんだったのかと拍子抜けした。
飛びまわる赤ちゃんを追いかけ、空を飛ぶ母親の姿がテレビに映った時、僕は誰が超人でも世の中はなんとかなるんだと思った。
しかし世の中はそんなに甘くなかった。超人が現れては困ると考える特殊な事情を持つ権力者からは疎まれ、秘密裏に超人狩りがなされた。
超人は何でも出来るから人間ではない。人類の敵である超人を抹殺しなければ、人類に未来はない。これが彼らの主張だった。
密かに研究されていた超人無力化の方法は、超人の脳へ特殊な電磁波を長時間浴びせる事だった。それで超人は廃人になった。
超人は、正義の名の元に自分達を狩る人間に対し、抵抗できなかった。
誰でも知っていた超人ピカリンが、マスコミの前から姿を消した時には、今まで活躍していた超人は、殆どが廃人になっていた。
政府は超人がいなくなった理由を出現した理由と同時に発表した。
「悲しいことですが、彼ら超人は障害者であり、突然発生した障害に対応しきれずに、廃人となってしまいました」
彼らの何人かの活躍がテレビで流れていた。
正義の味方は密かに活躍するしかないのだろうか?
あの老人が戻ってきた時に、それが判るのかも知れない。