第17回3000字小説バトル Entry5
楽しみにしていたシュークリームが消えていることに気づいたのは午後4時頃だった。
問題のシュークリームは隣の美保ちゃんがくれた明々庵のシュークリームで近所でも美味しいと評判の品だ。本当に、もの凄く、楽しみにしていた。家族に黙ってこっそりと冷蔵庫の奥の方に隠しておいた。悔しい。こうなったら、誰が私のシュークリームを食べたのか、はっきりさせてやる。
問題のシュークリームは明々庵のシュークリーム3個。昨日、花柄のプリントがついた平皿に乗せてラップをかけて冷蔵庫の一番下の段、それも奥の方に隠しておいた。そうそう、思い出した。シュークリ−ムが気になって一度冷蔵庫を覗いたんだった。そのときは確かにあった。あれは確か朝食が終わってすぐだった。だからシュークリームが消えたのは今日だ。問題は家族の誰がシュークリームを食べたかってこと。もちろん犯人(便宜上こう呼ぶことにする)が家族の誰かと決まったわけじゃない。お母さんのことだから泥棒が入ったのに気が付いてないだけかもしれない。そしてその泥棒がシュークリームを食べたって可能性ももちろんある。
私は引出しを開けてなにか盗られたものはないか確認した。とりあえず泥棒が入った様子はない。それに泥棒がわざわざ冷蔵庫の食べ物を食べていくとは考え難い。犯罪者の心理を考えると一刻も早く犯行現場から立ち去りたいはずだ。外部からの侵入者が犯人であるというのは無理がある。ここはやはり、内部犯を考えた方がいいだろう。
容疑者(便宜上こう呼ぶことにする)は4人。まず、お父さん。平均的な日本のサラリーマンね。毎朝7時半には家を出て、帰りは早くても7時。付き合いだって言ってるけど終電ぎりぎりまで外で飲んでくることも良くある。お父さんは容疑者からはずしても大丈夫よね。お父さんが犯人だとしたら昨日の晩にシュークリームを見つけて夜食代わりに食べたか、それとも会社を抜け出して家に帰って来たかのどちらかだ。前者はありえない。だって朝食の時点でシュークリームが無事だったことを私が確認してる。後者にしても常識的に考えてありえない。それでも今の段階で容疑者からはずすことは避けたほうが無難よね。初期捜査が大切だってテレビでも言ってる。「あらゆる可能性」を考えて慎重に進めないと。
次に、お母さん。大本命ね。主婦だからほぼ一日中家にいてアリバイもない。冷蔵庫のシュークリームに気がつく可能性が一番あるのも彼女。
次、長女のお姉ちゃん。高校2年生。そろそろ受験勉強に本腰を入れなきゃいけないのにクラブ活動に夢中。いつもはクラブ活動で夕飯ぎりぎりまで帰ってこないけど、今日はクラブが休みだったみたい。さっき帰ってきたと思ったらさっさと着替えて出かけてしまった。慌てて飛び出したって感じね。でも帰ってきた一瞬に食べていったということも十分考えられるわ。なんていったって育ち盛りで食欲旺盛だもの。時間的に犯行(便宜上こう呼ぶことにする)が難しいからといっても必ずしも不可能じゃない。いやむしろ、お姉ちゃんだからこそすばやくこなすことが可能だわ。お姉ちゃんも容疑者から外すことはできない。
最後に、長男のケン君。小学5年生。最近はなんとかっていうカードゲームにすっかり夢中でお小遣いを全部それにつぎ込んじゃうもんだから家にお菓子を置いておくとすぐに食べちゃうのよね。なんのためのお小遣いなんだかわかりゃしない。お菓子を全部ケン君が食べてしまってお姉ちゃんとケンカしてたこともあった。今日は学校から帰ってきてずっとテレビゲームをしてる。ケン君ならシュークリームを見つけたら間違いなく食べるわね。
容疑者たちを並べてこねくりまわしてみたけれど、事件の謎はいっそう深まるばかりだ。疑おうと思えば容疑者全員を疑うことができる。このままでは埒があかないと思った私は核心に迫るべく物的証拠を求めて台所へと向かった。犯人は必ず何らかの痕跡を残しているはずだ。お母さんが夕飯の準備を始める前に証拠をつかまなければ。
お母さんは買い物に出かけたようで、台所には誰もいなかった。思う存分現場検証(便宜上こう呼ぶことにする)ができる。まずは、冷蔵庫の中をチェックだ。冷蔵庫の一番下の段、その奥の方にシュークリームが置いてあったなごりか、わずかにスペースが開いている。それにしても本当にお母さんは冷蔵庫の片づけが下手だ。この豆腐の賞味期限は先週じゃないか。次にテーブルの上を見るが、特にこれといって手がかりになりそうなものはない。
そうだ、シュークリームのお皿にはラップをかけておいた。あのラップがどこに捨てられているか確かめられれば必然的に容疑者が絞られるじゃないか。まず手始めに台所のゴミ箱を漁った。レトルト食品の抜け殻や(たぶんケン君だろう)、スーパーの袋が無造作に捨ててある。まったくもってお母さんはものを無駄にする人だな。その下から、シュークリームの上にあっただろうラップはすぐに発見された。犯人は冷蔵庫からシュークリームをとりだしてすぐにラップをとったことになる。ケン君ならゴミ箱に捨てたりしない。いつだって出しっぱなし、散らかしっぱなしだから。ラップの次はお皿だ。シュークリームのお皿はどこにあるだろう。
花柄プリントの平皿も台所で簡単に見つけることができた。その皿はきれいに洗われて食器ラックの中に立てかけられてあったのだ。その他のコップやお皿は流しにそのままにされている。これらの食器はお姉ちゃんやケン君が昼間使ったものだ。そう、この家の中で洗い物をするのは私とお母さんだけだ。そして、シュークリームの乗っていたはずのお皿だけが洗われている。
犯人はお母さんだ。
妻が珍しく神妙な面持ちで相談があるといってきた。
「お義母さんのことなんですけど。」
「母さんがどうしたんだ。うまくいってないのか。」
「うまくいってないかですって!?」
妻はスイッチが入ったように急にまくしたてた。なんてテンションの変わりようだ。
「うまくいってるはずがないじゃないですか。今日だって冷蔵庫を片付けろとか、豆腐の賞味期限が過ぎているだとか、スーパーの袋も無駄にするんじゃないとか。まったくゴミを漁ってまで私のあらを探さなくったっていいのに。あげくの果てには泥棒扱いまでして。」
「泥棒?それは穏やかじゃないな。母さんがそういったのか?」
とたんに妻は思い出したように神妙な顔をした。
「あ、いや、お義母さんが昨日もらってきたシュークリームをどうも私が勝手に食べたって思い込んでるみたいなの。」
「ケンが食べたんじゃないのか。母さんもシュークリームごときで大人気ないなあ。」
「ケンじゃないの。食べたのはお義母さんなのよ。朝、皆が出かけた後でいそいそと食べてたの、私見たもの。」
「でも母さんはおまえが食べたと思ってるんじゃないのか?」
「だから、お義母さん、もしかしたら、ボケてきたんじゃないかと思って…」
「母さんが?まあ年だからなあ。わかった、俺も注意して様子を見てみるよ。」
「それにしてもシュークリームを私が食べたと思い込んで、まったく気分が悪いわ。」
再度風向きが変わりつつあるのを感じた俺は、妻をなだめてさっさと寝てしまうことにした。
「しかたないさ、名探偵は自分のことは疑わないものさ。さ、もう寝るぞ。」