第17回3000字小説バトル Entry9
私はとき子と申します。もう齢七十を越えました。身寄りはなく、一人で死んでいくのだろうと思います。私には残せるものがあるのだろうか、何かを残せるとしてもそれを誰が受け取るのだろうか、と思うたびに空しい気持ちになるのです。
私の淋しい人生の中で何が一番大きく輝いていたかともし聞かれれば、迷わずそれは周一さんの事だと答えます。この文を読んで下さる方がもしあれば、それは私にとってはとても嬉しいことですし、周一さんとの事は私がこの世に残せる唯一の忘れ形見だとも言えると思うのです。私の中に消えずに残る周一さんの思い出、それは他の人にとってはつまらないことかもしれませんが、それを伝えることは私にはとても意味のある事のように思えます。
私はお茶屋の娘として生まれました。教育は小学校高等科で終わりました。時は戦争前夜。私は東京のある家に女中奉公に出されました。奉公は二年の約束で、それが終わると私は自由の身となり、昼間、東京都内のある食堂で給仕として働くことになりました。
お客さんの多くはお堅いお役人や帝大生で、給仕と軽口をきくなどということは、まずありませんでした。たいていのお客さんは従業員には無愛想で、私が注文を聞きに行ってもこちらを見るわけではなく、まるで私は自分が透明人間のように扱われているといつも感じていました。それでも小額ですが給料を得て働いているので、そのくらいの事で文句は言えません。私は白い割烹着と白い三角巾をいつも身につけて、文字通りこまねずみのようにくるくると、よく働いておりました。
いつも来て下さるお客さんの中にひとりだけ私を人間として扱って下さる方がありました。その方は帝大生で、いつも詰襟を着て、週に一、二回お見えになりました。私は勘定場に立つこともあったのですけれど、その時は必ず、「ごちそうさま。」と私の目を見て言って下さいました。そんな小さなことでも私にとっては嬉しい事でした。
私は当時としては珍しかったかも知れませんが、一人で女性用のアパートに暮らしていました。ここはいわゆる今で言うキャリアウーマン専用のアパートだったのですが、どういういきさつか知りませんが、その食堂のオーナーが何室か借り上げており、その中のひとつに私は住むことができたのです。当時の給仕は他人と雑居することもありましたから、私は恵まれていたのでしょう。
私は早く起きて、千鳥が淵沿いの遊歩道をを散歩するのが朝の日課でした。ある冬の朝、ひとりでいつものように散歩をしていると、向こうから歩いてくる男の人がいます。詰襟を着ています。それは食堂に週に一、二回来て下さるあの帝大生だったのです。
私は彼を認めると、深く頭を下げて
「おはようございます。」
と挨拶をしました。でもまだふたりの間には三メートルくらいの距離がありました。今にもぶつかりそうな至近距離に来てはじめて、彼は私の顔をまじまじと見て、ちょっと微笑むと
「おはよう。ああ、君なのか。」
と言ってくれました。それが周一さんでした。
それからふたりはまるで示し合わせたかのように、何度も朝、千鳥が淵で一緒の時間を過ごすようになりました。
周一さんは将来は法律家になりたいと話していました。そのためには副業などは当然できず、勉学にいそしまなければなりません。
彼は経済的には決して恵まれていなかったようです。週に一、二回食堂で昼食を食べるほかは、昼は抜きで、水だけを飲んでいると話していました。それでも、水が飲めるだけで幸せだ、外国では生水を飲めない地域が多いのだから、と彼は言いました。彼は横浜に上水道を引いたある外国人の事を褒(ほ)め称(たた)えていました。彼は法律家になってこの国を良くしたい、一流の国にしたいと話していました。
彼の大きな黒目がちの目には知性の鋭い光が宿っていました。早朝でも彼が眠そうな顔をしているのを見たことがありません。
私は彼の知性に惹かれました。彼は外国語を話すことができました。英語とドイツ語に堪能で、フランス語も少し出来ると言っていました。ある時、ベンチに座りながら彼は英語とドイツ語の詩を暗誦してくれました。
英語の詩は怒涛のように激しく、ドイツ語の詩はのんびりとして、牧歌的に聞こえました。彼の朗々とした声が冬の凍りそうに冷たい空気を震わせたことを私は今でも覚えています。
彼はどこで手に入れるのか、英字新聞を読みながら待っていることもありました。足を組んで読んでいるその姿は、目を閉じれば今でも私のまぶたの裏によみがえります。
そんな逢瀬も三ヶ月ほどで終わることになりました。お別れは、忘れもしない三月十五日の寒い朝でした。桜はまだ咲いていませんでしたが、つぼみがふくらんでいるね、と二人で話したのを覚えています。
彼は兵隊に行くことになったのです。まだ戦争が始まってそれほど時間は経っていませんでした。彼は言いました。
「私は入隊を志願しました。私は帝大生。ノブレス・オブライジを果たさねばなりません。」
私は
「ノブレス...とは何ですか。」
と彼に聞きました。彼は答えました。
「直訳すれば、高貴なる者の義務です。私はその義務を果たさねばなりません。人よりも多くのものを天から与えられた者として。」
彼が志願して間もなく入隊するという話を聞いて、私はそれほど驚きませんでした。時代が時代ですので、そんな日もやがてやって来ると思っていたのかもしれません。
「僕は南洋へ行く。」
彼は言いました。お互いに愛を打ち明けたことはありませんでしたので、私達は本当の恋人達のように激しい愁嘆場を演じると事はありませんでした。私は
「お国のために行って来て下さい。」
と言うだけで、あとは何も言えずに立っていました。横に並んで立っていた周一さんは私の方に向き直ると、着ていた大きなマントで私の身体を不意に包みました。私は初めて彼の胸に自分の顔を押し付けました。涙が一筋、それからはどんどん私の目の中から溢れ出して来ました。嗚咽をこらえながら、私は小さな声でようやく言いました。
「待っています。」
そして二人は最後に顔を見つめ合うと、別々の方向へ歩き出しました。これでお別れです。私は何回か振り返りました。でも周一さんが振り返ることはありませんでした。彼は高貴なる者の義務に向かって一人歩いて行くように見えました。
その日を最後に、私は千鳥が淵の散歩をやめました。私の生活は元に戻りました。それから一年と少しして、風の便りで周一さんが戦死したことを知りました。私は一人で朝、千鳥が淵へ行きました。大きな桜の木々の花が満開でした。まるで周一さんの気高いたましいが桜になって私を圧倒しているように思えました。
結局、周一さんは私の恋人でもなければ、婚約者でもありませんでした。けれど、私にとっては他の男性と結婚するという選択は考えられませんでした。戦争が終わって、工場などで働きながら私は夜学に通い、その後はビジネスガールとして働きました。
今は私は地方に住んでいますが、桜が咲く頃になると、毎年必ず千鳥が淵へ桜を見に行くのです。周一さんへの思いを胸に。