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第18回3000字小説バトル Entry13

夏の傭兵

 車輪のこすれる音と共に、飛行機はアジファラート共和国の地に降り立った。
 英語と耳慣れない言語でアナウンスが入り、シートベルト着用を示すランプが消えた後、重厚なドアが開けられる。と、摂氏四〇度を越える砂混じりの熱気が、一気に機内に流れ込んだ。
「うわ暑っ。ロシアにしときゃよかったかなぁ……」
 あたしは入国手続きのゲートに向かう。
 国際空港の通路は様々な人々が行き交い、文化の交差点とでも言えそうな雰囲気が漂っていた。
 ――もっともあたしには、今し方通り過ぎていった黒い布で顔を隠している人が、男なのか女なのか、どっかの宗教の人なのか、それともファッションなのかも分からない。
 何しろ地理の授業は赤点だったし、そもそもだからこそここにいるのだ。
「△×○?」
 入国審査の役人は、パスポートを受け取ると、ぶすっとした顔で何か言った。
 浅黒く平板な顔。『世界の歩き方 アジファラート編』によると、アジファラートの人はトルコがどーので、東洋の血が混じっているらしい。
「△×○?」
 あはは、何言ってるか全然分かんないや。英語じゃなくて、アラビア語かなんかだ、多分。
 あたしは備え付けのキーボードを叩く。
”筆談でお願いします“
 すると、翻訳ソフトがそれをあちらの言葉に訳し、音声で相手に伝える。
「分かりました」
 同じ様な手順で翻訳された言葉が、伝わって来る。
「サカガミ・ミヤコさん、入国の目的は?」
 あたしは間違えないように、キーを叩いた。
”戦争をするために来ました“

『外人部隊に愛国者はいない!』
 台の上に立った老士官が、マイクで話す。ゆっくりした英語は、十人並みの成績プラス駅前留学一ヶ月のあたしでどうにかこうにか聞き取れるレベルだった。
『当然、国民や他部隊からも信用されない』
 あたしが配属されたのは、アジファラート国軍第〇〇八軍、早い話が外人部隊だ。
『勇猛、その一点で我らは信頼される――』
 そこはかとなく不安感があった。
 なんだか。
『――では、翌朝〇五:〇〇より、訓練に入る。解散!』
 なんだか小学校の入学式みたいだった。

「はぁ、はぁはぁ……」
 汗が滴になる前に蒸発する。
 昼間は摂氏四十度、夜間は氷点下に達するアジファラートの砂漠地帯は、それ自体が優れた訓練場となる。
 ただのグラウンドのランニングだが、もう半分近くが脱落した。
「あんた、日本人だったな?」
 隣を走っていた男の訓練兵が、小声で尋ねて来た。
 綺麗な英語だ。
 あたしは無言で頷く。
「日本には働き口がないのか?」
 あたしは横目で声の主を見る。
 この太陽をものともしない黒い肌と、がっちりしていながら無駄のなさそうな体格が羨ましい。
「はぁふぅ……後にして」
 あたしは辛うじてそれだけ言って、ランニングに集中した。
 結局、あたしが脱落したのは、その一時間後――中隊六十四名中、上から数えて十四位だった。

「ふひー」
 昼間の訓練を終えたあたしは、赤錆びた水道水を頭からかぶる。
「――お疲れ様」
「ん、君は……」
「ルトアビブだ」
 さっきの男が、隣の蛇口の水で顔を洗っていた。
 彼はランニングで脱落しなかった組の一人である。
「日本ってのは思ったより貧乏なんだな。あんたみたいな若い娘を傭兵に出すなんて」
「ちがうって」
 あまりに直球な質問にかえって毒気を抜かれ、あたしは苦笑する。
「ええと、話せば長くなるから、筆談でね」
 翻訳用端末の置いてある兵舎に向かう途中、ルトアビブの母国がキャドって国で、そこで徴兵経験がある事なんかが分かった。
「――で、日本は軍隊は持てないの。でも、やっぱりイザって時にすぐに使える兵隊は欲しいってわけ」
 あたしはキーを叩く。
「そりゃそうだ」
「そこで、海外での従軍経験を高校で単位認定する事にしたの。まあ、ボランティアとかの強力なバージョンだね」
「つまり、あんたがここに来ている理由ってのは――?」
「赤点を取った社会科を補充するためだよ」
 ルトアビブはその後苦笑いを浮かべていたけれど、結局何も言わないままだった。

「……ごぉぉぉぉお、ろぉぉぉぉぉく!」
 鉄棒を握る手のひらが痛む。
「なぁぁな!」
 これだけ機械化が進んだ現代戦でも、やはり歩兵は決め手で、体力作りは欠かせないわけである……が。
 辛い。
 筋力の限界は超えている。
 懸垂、腕立て、腹筋、背筋、スクワットにランニング、その他諸々。この夏が終わる頃には、あたしの身体には二廻りほど筋肉の鎧が付いている事だろう。
「サカガミ! ギブアップか!?」
 教官が怒鳴る。
「やるよ!」
 あたしは怒鳴って、また懸垂を続けた。
 ――隣でルトアビブが楽々二百回目の懸垂をしていた様だったが、敢えて彼我の差は無視した。

 八月に入ったある日。
「でぃ!」
 あたしの気合いと共に、ルトアビブが地面にごろりと転がる。
 すかさずあたしは彼の喉に鞘に収まったままのナイフを突き付けた。
 ――と、思った時には、ルトアビブの姿はなかった。
 あたしの手首がいつの間にか掴まれ、後ろに廻っている。ほとんど同時に、喉の横の辺りにナイフの鞘の革がこすれる感触がした。
 これであたしは死んだわけだ。
「むぅ、また負けかぁ。なんかルット強くなってない?」
「出撃が近いそうだからな。いやが上にも張り切る」
 嬉しそうにルトアビブは言った。
「出撃?」
「噂だ。前大統領トグルク・アムの側近の一人が、レコン合衆国に亡命した件が蒸し返されたらしい」
 実戦はなさそう、って聞いたからここ選んだんだけどなぁ。
「これに従軍できれば、ボーナスも夢じゃないんだけどな」
 嬉しそうにルトアビブは笑う。
「これで実家の改築も出来るかも」
「改築ねぇ」
 翌日、あたしたちは訓練終了の辞令を受け、正式に部隊に配属された。

 装備一式を背負って、グラウンドをランニングする。
 かなり慣れて来たとは言え、全部で二十キロに達する装備は鎖骨をへし折りそうに重い。
「戦況をどう思う?」
 走りながらルトアビブが声を掛ける。
「国境線で戦車隊が睨み合ってるってね。一触即発らしいじゃない?」
「問題はそこに僕らがいないって事だ」
 不満げな顔で彼は吐き捨てる。
「所詮外人部隊なんか当てにしてないってわけさ」
「あたしが司令官でも、建て前として国民の軍隊を使うと思うけどね」
「ふん、愛国心とやらの他には何の取り柄もない動員兵が、一体どれほど使えるのか」
「まあまあ」
 背中が汗でべたつくのを感じながら、あたしは苦笑した。

 八月三〇日は、訪れた。
「残念だな、せっかく出撃間近だというのに」
 あたしの荷物をまとめるのを手伝いながら、ルトアビブが感慨深そうに言う。
「いやぁ、あたしは別に出撃したくはなかったよ。興味はあったけど――それ下着」
「とと、失敬」
 箱に詰め終わった荷物に封印のステッカーを貼って、持ち上げる。それなりに重たいが、この一ヶ月半で鍛えられた腕力のお陰で、難なく持ち上がった。
「じゃ元気で」
 ルトアビブが片手を上げ、おどけた敬礼をする。
「――ルット、一度訊こうと思ってたんだけど」
「なんだ?」
「ルットって、なんでここに入ったの?」
 ルトアビブは質問の意味が分からない、という顔で答えた。
「……採用してくれたからだけど?」

 ――アジファラート共和国とレコン合衆国の小競り合いは、結局二回の戦闘で数人の死者を出しただけで休戦協定が再び結ばれた。
 死者の中に日本人はいなかったそうだ。

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