第18回3000字小説バトル Entry2
其処には箱が在った。
然し其の箱を開ける事は許されない。其れが、パンドラの箱だからだ。
―――箱の底には希望だけが残っていたと言う。
私の記憶が正しければ、パンドラは女性だった。今と成っては神話に過ぎないが、私は其れを見たのだ。あれは、去年の夏だった。
「此処は何処でしょうか。」
街で女性が一人、私に声を掛けて来る。私は好奇心から、愛想良く返事をした。
「はい?」
「だから、此処は何処でしょうか。」
正直、後悔した。何で私がこんな頭の可笑しい女と会話しなければいけないのだろうと。多分、歩いている人々には私が可笑しくて堪らないだろう。
「此処は、日本ですよ。分かりませんか。」
私は態と言ってやった。すると女は困った顔をして言った。
「御免なさい。無知な者ですから―――。あの、日本というのは何なのですか。」
「はァ?」
呆れて、物も言えなかった。此の女は何を考えている。ふざけているのか。私をからかっているのか。そんな気持ちになった。だから、こう問うた。
「貴方、何処から来たのです。」
漸く理解したのか、女は微笑を浮かべて言った。
「はい、希臘から。」
「ぎ、希臘?」
「ええ。」
「で、名前は―――。」
「パンドラ、です。」
「あ――――――。」
私は、言葉を失った。如何したものか。こんなにも可笑しい人間が居るなんて。ましてやパンドラ等と言う神話の中の名前を口にする等。
「貴方は、私をからかって仰るのですか。」
「い、いえ―――。」
如何考えてもからかわれているとしか言い様が無い。何処まで侮辱すれば気が済むのだ。
「貴方は、罰ゲームか何かで?」
「罰、ゲームですか?」
「ええ。」
「何ですか、其れ。」
もう、何も言う事が無い。之以上こんな女に等からかわれてなるものか。
私は其れ以降何も喋らずに、其の場を後にした。後ろで何か言っているのが聞こえたが、既に我慢を超えている私にとって、聞く事は一切しなかった。
「ふゥ―――。」
一通り仕事を済ませて家に帰ろうと、帰路を辿った。すると如何だろう。今日の女が道端に立って居た。
「な、何だ。」
ずっと此方を見ている。然し何も言わない。
「フフ。言葉を、覚えて来たのですよ。聞いて下さる?」
さっき会った時とは比べ物に成らないほど落ち着いた声。何処か恐怖を感じ、頷く事しか出来なかった。
「日日是好日―――。」
「はぁ。」
其の瞬間、辺りが明るくなった。何だ?一体何が起こったのか。
「さあ、御出座しですよ。英雄、プロメテウスの。」
「―――ひィッッ!」
目の前は、鼓膜が割れるが如く大きな音がした。
―――ぎィっ、ぐぁ、ぎゃっ。
悲鳴に近い、絶えず聞こえる喘ぎ。何も見える事は無い。音が、気持ち悪いほど聞こえる。
「うぅ・・・。」
思わず、耳を塞ぎたくなる。
「あ・・・?」
―――触れない。自分が、触れない。動けないし、心臓の波打つのが聞こえない。何処だ?私の体は何処だ?
「ひやァ・・・。」
最早何も言えない。あの、パンドラとか言う女は如何したのか。此処は、何処だ。
「我が名は・・・プロメ、テ、ウス・・・。」
「!」
声が聞こえた。喘ぐ声の主だ。如何やら男のようだ。
「英・・・雄・・・プロ、メ、テウ、ス・・・。」
―――――――――
声が、ぱったりと止んだ。何も見えない辺りは、何故かだだっ広さを感じる。
「此処が、永遠の闇・・・。」
「パ、パンドラ・・・。」
漸く、聞いた声のある声に会った。然し、不安は治まらなかった。
「貴方が此処に居るのは、〈英雄プロメテウス〉の身代わりです。プロメテウスは貴方の体を持ってして、地上に蘇ったのです。」
「な・・・。」
私の体は。
何処に行った。
「貴方は、今し方プロメテウスが受けていた拷問を身代わりとして受けて頂きます。」
此の女は。
何を言っている。
「さあ、鷲よ。幾らでもどうぞ。」
「や、やめッ・・・・・・!」
―――――ぎゃあっ
「―――貴方の代わりは暫く要らないわよね。私をあんなにしたんですもの。」
「うわぁ、うぐ、ぎ、がっ。」
「プロメテウス、話し方は覚えているわよね。」
「ギ・・・?」
「あら。器が悪いの。じゃあ、取り替えましょうか。貴方、本当は話せるらしいから。」
―――代わりを連れて来てくれ。
「もう根を上げるの?」
―――私が何をしたって言うんだ。
「何って、私を殺したじゃない。」
―――・・・・・・!
「貴方には、当然の報いよね。私は何てったって・・・
パンドラだもの。」
ああ
そうか
私は五年前に
人を殺した。
一人の
希臘女性を
あれが
パンドラの意識を
持っていたと言う
今と成っては
如何でも良い事だ
早く彼女が次の身代わりを連れて来るまで
私は鷲に内臓を啄ばまれていなければ成らないのだから
早く
早く
でも
神話は本当だったと言うのか
箱を開けたら
取り返しがつかなくなった
―――箱の底には希望だけが残っていたと言う。