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第18回3000字小説バトル Entry3

彼女は知っている

 彼女を紹介したのは弟だった。弟から俺に会いたがっている女がいるとは聞いていたが、たちの悪い冗談だと思った。本当は行きたくなんかなかったのだが、弟に逆らうことなどできなかった。最初に彼女を見たとき、正直どこにでもいる女だと思った。にやつく弟の前でお互いの連絡先を交換し、さっさと帰った。
 数日後、俺の携帯が鳴った。彼女からだった。彼女は俺の話が聞きたいと言った。二人で会って話をするにつれ、俺の鈍い頭にもやっと彼女の聞きたいことがわかるようになった。
 彼女は小説家志望だった。日々小説のネタを探し、変わった人物の話を聞くのが趣味のような女だった。要は弟の影でおびえて生きる無様な男の身の上話が聞きたかっただけなのだ。もちろん弟もそのことには気がついているだろう。だからこそ俺にこの女を紹介したのだ。あいつは俺が一瞬でも舞い上がって浮かれる様を見たかったのだ。
 もちろんこんな女に話すことなど何もない。弟と一緒になって俺を笑いたいのなら勝手に笑えばいい。だが、もう二度と連絡してくるな。そう吐き捨てて俺は席を立った。
 普通の女だと思っていたそれは、普通どころか最悪に図々しくてしつこい女だった。何を言ってもどこまでもついてきてどうでもいいような世間話をしたがった。結局先に音を上げたのは俺だった。
「わかったよ。何が聞きたいんだ。何でも答えてやるからもうついて来るな。」
「ん〜、何が聞きたいかと言われると困るんだよねえ。」
「おまえ馬鹿か。」
「何がしたいかと言われたら、普通の話がしたい。」
「はあ?」
「また会おうよ。その時までに質問を考えてくるからさ。」
 結局次の約束をして、その日は別れた。
 何度か話をして、彼女はステレオタイプな回答が欲しいわけじゃないことがわかった。彼女は一人の人間として俺と付き合うことで俺そのものを理解したかったのだ。彼女は自分のことならなんでも包み隠さず話した。俺に警戒されたくない、というよりは元来そういう性格らしい。そのうち俺も彼女とだけは腹を割って話すようになった。ひとつだけあっていた。やっぱりただの女じゃない。
 とても頭のいい女性だった。たわいもない話からいつもなにかを得ていたし、一緒に話をするうちに俺の中のなにかを変えていった。そして気づいた。彼女が教えてくれたのかもしれない。俺はずっと何かから逃げて生きてきた。今まで弟から逃げているんだと思っていた。違う。俺は俺の中の弟から逃げたかったんだ。

 俺と弟は一卵性双生児だ。それだけならたいして珍しくもない。だが俺の実家は有数の資産家だ。江戸時代から続く旧家で一昔前なら財閥に数えられていた程だ。本来なら兄である俺が家を継ぐのかもしれない。そこは旧家、昔から双子は弟が継ぐと決まっていた。それどころか、男の双子が生まれたら後々禍根を残さぬよう、兄の方はすぐに殺す決まりだった。さすがに今時そんな理由で殺されることはなかったが、俺は離れでひっそりと育てられた。
 俺の周りにいる奴らはどいつもこいつも同じだった。俺は本来殺されて生まれてこなかったことにされる身の上だ。だから家の者、特に弟のそばにいる奴らは俺を存在しないものとして扱った。もちろん両親だって例外じゃない。たまに寄って来たかと思えばなんとか弟に取り入ろうと俺を利用することしか考えてない奴らだった。女だって弟の奥方の地位がお目当てだった。
 いくら同じ遺伝子を持っていても結局は育ちだ。小さい頃から蝶よ花よとかわいがられ、帝王学、経営学から始まって礼儀作法、楽器、語学、スポーツに芸事と英才教育を受け財界だの社交界だのに顔が利く弟と、お情けで大学まで行かせてもらった俺とでは中身も外見も似ても似つかなかった。双子だと言わなければ誰も兄弟だとすら思わないだろう。
 弟が家督を継いだとき、俺は弟の目に触れないようにひっそりと生きていこうと思った。家から追い出されることはない。一生このまま、弟の怒りを買わぬ様生きていこうと。そうして俺は極力弟を煩わせないように生活するようになった。生活そのものに不満はなかった。聞けば誰もがうらやむ生活だろう。だが、俺は弟から逃げ切ることができなかった。あいつはいつも鏡の中から俺を見ていた。
 俺はそんな気持ちを彼女にぶつけた。どう思われるかなんて考えもしなかった。ただ誰かに聞いて欲しかった。彼女はじっと俺の目を見詰め、一言一句受け止めてくれた。気が付くと俺は泣いていた。顔を上げると嬉しそうに微笑む彼女がいた。
 その夜俺たちは一線を超えた。

 俺は変わった。今までは弟に遠慮して機嫌を伺うだけの生活だった。でもどうせ一生飼い殺しだったら、自分の力を試してみたくなった。俺には弟と言う何よりも強いコネがある。これからは俺が弟を利用してやるんだと思うようになった。
「事業を起こしてみようと思う。弟や一族とは関係のないところで、力を試してみたいんだ。家の奴らだって厄介払いができるとなったら金も出すだろう。でも失敗したらそれで終わりだ。助けてくれるほど甘い奴らじゃないことは良く知ってる。」
「やりたいならやってみるべき。失敗しても死ぬわけじゃない。」
 何よりも心強かった。俺はまず、弟の行く催し物に方端から参加した。もちろん呼ばれてなんかないがこういうとき双子は便利だ。弟のフリをして会場に紛れ込んだ。着慣れないスーツを着て銀行の頭取や政治家に顔を売って回った。弟に双子の兄がいることすら知られてなかったが、めげずに話し掛けて少しずつ自分のコネを作っていった。そのうち俺宛の招待状が届くようになった。
 弟の様子がおかしくなった。いつも自信たっぷりで堂々としていたのに、なんだかイライラして家の者に八つ当たりするようになった。変化は仕事の面でも表れ、無理な買収をして子会社を潰した。結納直前までいっていた婚約者とも別れたらしい。聖人君子だった弟から皆が離れていくのが手にとるようにわかった。矛先は俺にも向いた。あるパーティーで俺が新興企業の社長と話をしていると社長の背中越しに弟がもの凄い形相で睨みつけていた。翌日の急激な株の暴落が原因となってその新興企業は倒産した。俺はこのとき初めて弟が怖いと思った。生まれてこの方自分の思い通りにならなかったことなどなかった弟の兄への警告だった。
 だが、俺が事業を起こす前に弟は死んだ。交通事故だった。酒を飲んで高速で事故ったらしい。一族中が蜂の巣をつついたような騒ぎになって、知らないうちに俺が次期当主として担ぎ出された。両親と産まれたとき以来の感動のご対面を果たし、俺が全てを継ぐことになった。

「ごめんなさい。」
 プロポーズの返事だった。理由を聞いても彼女はうつむいて首を横に振るばかりだ。
「こっち見ろって!」
 無理やりこっちを向かせても彼女はすぐに目をそらす。見詰め返す瞳はそこにはもうない。俺は彼女をきつく抱きしめた。
「なんでだよ…。」
 彼女がかすかに震えている。顔は見えないが泣いているのか?泣くぐらいなら理由を言ってくれよ。おまえらしくもない。俺に言えない理由なのか?
 抱きしめる両腕が冷たくなった。そうだった。昔から頭のいい女だったもんな。知ってるんだろ。俺が弟の車に細工したことを。
 彼女の肩を抱く手に力が入るのがわかった。

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