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第19回3000字小説バトル Entry10

打ち寄せる波の音は胸の鼓動にも似て

「捨てる」なんて言い方は嫌いだった。
「あげる」とか「捧げる」なんて、演歌の世界じゃあるまいし。
「やっちゃう」なんて軽すぎるし、「結ばれる」なんてなんだか大袈裟。
 そもそも、処女じゃなくなったって私はワタシ。何も変わらない……はずなんだから。

「有希ちゃん。今度の連休、どっか旅行に行かない?」
「はぁ!?」
 学校からの帰り道。いつものように公園のベンチでふたり、お喋りしてたらふと会話が途切れてお互いに見つめ合っちゃったりなんかして(こういうのって「天使が通る」って言うんだよね)思わず頬を赤らめて下を向いたところでそんな事急に言われて、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔になってただろうなぁ、ワタシ。いや、きっとなってた。
 ワタシを旅行に誘った男の名は柏木佑二。いちおうワタシのカレシ歴約半年ってとこ。佑二はとなり町にある男子校の二年生。ワタシが友達と佑二の学校の文化祭に遊びに行って(女子校に通うワタシは、こうでもしないと男の子と知り合う機会がなかなか無いのであった)屋台で汗をダラダラ流しながら一心不乱にタコ焼きを焼いていた佑二に一目惚れしちゃったってのが、去年の秋の話し。ヨクアルハナシカモネ。
 で、ワタシの学校の文化祭にも呼んで、可愛いフリフリのチェックのエプロンで悩殺しました。余談ですが、その時、ワタシ達の他にもうひと組フレッシュなカップルがこの世に誕生したはず……なんですが、文化祭が終わり、気温が下がると共にお互いの熱も冷め、あっけなく空中分解してしまいました。合掌。
 そーゆー話しは置いといて旅行の話。ワタシも恋する十七歳の乙女。悩みました。佑二とはキッス(きゃあ)はとっくに済ませてはいたんだけど、そっから先はデンジャラス・ゾーン、未知との遭遇……。
 まぁ、ちょっとくらいはね。佑二だって健康な十七歳の男子。我慢ばっかりじゃ蛇の生殺しって事くらいはワタシにだってわかります。ワタシのいたいけなAカップは切なく震えました。はぁー。
 が!でも!しかし!
 旅行となったらやっぱりアレでしょ?泊まるんだもんね。一緒の布団で練るんだもんね。って事は、それなりの覚悟ってのが必要になるよね?
 いつかはこんな日が来るのはわかってた。
 だって佑二ったら最近はふたりでデートしててもなんだかソワソワしちゃって、やたらと人気の無い公園とか河原とかに行きたがって「寒いから帰ろうよー」ってワタシが言っても「いや、なんだか俺は暑くって。熱でもあるのかなぁ」なんて訳わかんないいかにも怪しい言い訳をして、その目はまるで獲物を狙う獣のようだったりするとワタシは少し興醒めしてしまう。スケベ。
 でもね、ワタシだって佑二の事が大好きなんだ。
 だからワタシは決心しました!黄金週間はどこの宿もトーゼン一杯でお互いに家族旅行だの何だのイベントが入っていた事もあり、連休の最後の二日間で行こう!って事でありとあらゆる手を使って宿を探しまくりで頑張った結果、たぶん普段はお年寄りと犬くらいしかいないんだろうな……と思われるとある海辺の民宿(!)の予約ゲットに成功したのでした。ラッキー!?
 親には必死こいて言い訳してなんとか家を出て来たけど、もう心臓は破裂しそうなくらいバクバクいってた。それは佑二も同じだったみたいで、電車の中でもお互いにそのへんの話題はわざとらしいくらいに避けてた。きっと佑二もワタシと同じくらいのたくさんの嘘をついたんだろうなぁって思ったら、ものすごく胸が苦しくなって手に持っていた冷たい中国茶のペットボトルをがぶ飲みしたらむせて咳き込んじゃった。バカだねー。
 電車は何事も無かったように駅に着いて、ワタシ達をホームに吐き出した。ビックリした事に、改札を出たら宿のおじさんがワタシ達をライトバンで迎えに来てくれていて(民宿の名前が車の横にデカデカと書かれてあったのですぐにわかったのよ)お言葉に甘えて乗せてもらったら、ほんの五分くらいで宿に着いた。
 ちなみに、宿の名前は「さんぺい丸」。男らしくて涙が出そう。
 宿は掃除も行き届いていてなかなかイイ感じ。部屋の窓からは海が一望できて、そのお陰で壁にかけられた鏡にたぶん近所の商店街の薬局であろう店の名前が刻まれていようとも、小さな床の間に飾られた掛け軸に訳わかんない文字が書かれていようとも、全然気にならない。
「なかなかいい所じゃん。来て良かったねー」
 ワタシがそう言い終わらないうちに、佑二に後ろからそっと抱きすくめられた。「ふたりきり」そう思ったら涙が出そうになった。でも我慢した。
佑二の腕をそっと振りほどいてワタシは笑った。でももしかしたら、その笑顔は不自然に引きつっていたかもしれない。本当は少し怖かった。
 ワタシはカバンの中から持って来たお菓子を出してテーブルの上に広げた。ポテチ、チョコレート、おせんべい、クッキー……。それを見た佑二が「そんなに食べたら晩ごはんが食べられなくなるぞ」って言って笑ったからワタシも「大丈夫。お菓子は別腹なんだよー」って言い返して笑ってお茶を入れた。
 晩ごはんはたしかに宿の値段の割には豪勢で、ふたりでビールを一本だけ飲んだ。ふたりで真っ赤になって妙に酒臭くなってしまったので、少し風にあたって酔いが醒めるのを待ってから順番にお風呂に入った。
 お風呂上がりに宿にあった浴衣を来たら、それを見た佑二はものすごく照れていて、電気を消したら潮の薫りが強くなったような気がした。浴衣なんか着て寝て、朝になったら「裸に帯が一本状態」になってたら恥ずかしいなーなんて思ったけど、佑二に全部脱がされちゃったからそれはいらぬ心配だったし、それよりも心配しなくちゃならない事はシーツを汚さないように腰の下あたりにバスタオルを敷く事だったりする。現実問題として。
 痛かった。
 痛くて痛くてワタシが上へ上へと逃げようとするもんだから、だんだんと布団からはみだして時々佑二に引き戻されて「嬉しい」とか「嫌だ」とか「愛してる」とか考える暇も無かった。終わった後、トイレに行く時足がガニ股になってしまって自分がもう処女では無い事をあらためて実感しちゃったよ、もう。
 部屋に戻ると佑二が心配そうにワタシを待ってた。
「大丈夫?」
 ワタシは黙って頷くと、佑二の横にもぐり込んだ。佑二はそっとワタシの頭をなでて「ありがとう」と言った。それから少しすると佑二の規則正しい寝息が聞こえて来たけど、ワタシはまだ興奮していてとてもじゃないけど眠る事なんて出来ずに打ち寄せる波の音を聴いていた。
 よく、人は死ぬ間際にその人生が走馬灯のように頭の中を駆け巡る……って言うけど、もしそれが本当なんだとしたら、ワタシが死ぬ時にまっ先に思い浮かべるのは今のこの光景なんじゃないかなーって唐突に思った。

 佑二の胸の鼓動と波の音がワタシの中でシンクロする。けれどワタシは何も変わらない。のだ。きっと。

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