第19回3000字小説バトル Entry9
学校から帰ってきて、部屋で着替えていると、お隣の屋根の上でなにか動くものが見えた。ごきげんのお日様の下で、いつものネコちゃんがひなたぼっこかなー、なんて窓を覗いてみる。
おっきくなり過ぎたミモザの向こうの赤い屋根。
あ。ネコじゃなかった。
「なにしてるの? 颯太」
「今夜の準備」
「今夜? なぁに?」
「星が降るんだ。すごいよー、きっと」
Mなんとかとかとか、外国語を通りこして、呪文みたい。颯太の騒ぎ立ててる言葉の半分も、あたしにはわかんないな。
―――どっかから、歌が聞こえる。
そっか。笹のはさらさら。今日は七夕様だったんだ。
お隣の颯太ちゃんは、あたしより二ヶ月年上の幼なじみ。まさしく生まれる前からのお付き合いだけど、その頭脳の中身には著しい差が仕込まれていたみたい。
理数系に傾くアタマの颯太の最近は、テッテイテキな天文少年。小学生の頃からお父さんと一緒に望遠鏡をのぞいたりしてたけど、中学に入ってからはぐんぐんスピードをあげて、ますますその道一直線になっちゃった。
星の名前だけじゃなくて、なんだか複雑そうなカタカナをたくさん口走る。
カシオペアとかプレアデスとか、そういう神話の世界とはまったく関係がないらしくて、そうなっちゃうと、あたしはもう全然ついていけてない。
だけど結構、耳を通り過ぎてく、むずかしい言葉は好きかも知れない。
わかんないけど。そういう時の颯太かな。
うーん。男のロマンってやつかなー、って。
ほっておこうと思ったけど、やっぱり屋根に上がってみることにした。
空から星が降るって言うのに、あたしが寝てるってわけにはやっぱりいかないかな、とか。
屋根の真ん中辺りに、颯太は望遠鏡を隣に座っていた。元はおじさんのものだったけど、いまではすっかり颯太が譲り受けちゃってる。まぁ、大切にしてるし、家族のだれかが、使えばいいんだろうけどね。
「あれ。出てくる気になったんだ。
「すごいって言ったでしょ。ハイ、これ。おかーさんから差し入れ」
「やった。ほんとおなかすくんだよ。おばさんが一番、わかってる」
長い付き合いだもん。それくらい、あたしだってわかってる。だからちゃんと、おかーさんと一緒に、それ包んできたんだから。
そのパウンドケーキと交換に、颯太は食糧袋の中から、コーラをわけてくれた。
ぷしゅっという音と、はじける匂い。
そんなに暑くない夜で良かった。風かあって良かった。雲がひとつもないのも、いいよね。観測日和。
それに、一年に一度のデートだもん。きれいな星の中が似合ってる。
そうだ。ここからなら。
ずるずると這うように、屋根の上を移動する。傾斜はかなりゆるやかなんだけど、昼間ならともかく、暗い中で立ち上がる勇気はちょっとない。よく高いところでも、下を見なければ平気だとか言うけど、真っ暗闇に落ちていくのを想像する方が怖いと思うんだ、あたしは。
「あー。見えるー」
「なにが?」
「ほら、願いごと下がってる。幼稚園の笹。なつかしー。颯太、おつきさまにいきたいって書いたんだよねー」
「そんなにはしっこに行くと落ちるよ、舞」
「だいじょーぶ」
そよそよな風が、笹を揺らしてる。夜の中でも見えるのは、こどもたちが作った、金銀の飾り。
先生のキレイな提灯の横に、ちっちゃな手ががんばって作ったのが下がってる。空に近い方が願いごとがかなう気がして。みんないちばん上につけたがってた。
あのクレヨンの字は、ちゃんとだれかに届いたのかな。
「昼に歌が聞こえた。七夕のやつ」
「うん、あたしも聞いたー。二番の方が好き、あたし」
お星様きらきら。空から見てる。
ほんと、そうだなって思っちゃう。吸い込まれそうな、遠い夜空の星。
夏の大三角くらいなら、あたしにもわかる。白鳥座とこと座と、天の川を挟んで、わし座でしょ。おりひめとひこぼしは、あれとあれ。
星の色が違う理由とか、颯太がまえに話してたけど、やっぱり覚えてない。違うほうが、同じよりもきれいでいいじゃないって、神様がそう創ったわけじゃないみたいなんだけど。
目が慣れてくると、どんどん小さな星も見えてくるのが楽しい。突然、知ってる星座の形が浮かび上がるように見えるのも。
昔の人はすごいなー。こんな満天の星のなかから、あんな風にキレイに星座をつないじゃうんだから。だって、今よりもずっとたくさん、見えていた時代でしょ?
あぁ、でもこんなに空ばかり見てると、空がどんどん近づくみたい。自分が座ってるのがどこかなんて、わかんなくなっちゃいそう。
……心細いような気がして、隣を振り返る。鼻歌まじりのぞいていた望遠鏡から目を離して、颯太は、
「あれ」
なんて空を指差した。
「あそこの一等星、の横の少し色の違う星から、指いっぽんくらいのところの小さい星」
「うん?」
「五十年後にあそこに行くと、今の地球が見えるんだって」
「ほんと? なんで?」
「あそこからここまで光が届くのに五十年かかるんだ。今、ぼくたちが見てるあの星の光も、五十年前の光」
五十年・・・・・・、くらい、きっと宇宙ではなんてことないはず。星の瞬きに比べれば、なんて言葉があるくらいだもの。
だけど、あたしの感覚では。だって、光の速さでってことでしょ?
「だから、宇宙船に乗ったぼくたちがワープして時間を越えて行けばいいんだよ。そうすると、あの星には、五十年かかって地球の姿が届いているってこと」
時間を越えて。
「・・・・・・そんなことほんとにできるんだ」
「できるようになるよ」
こんな広い空の下に転がっていると、その颯太の言葉がカンタンに信じられると思った。あんな、点みたいなきらきら星に、本当に手が届くようになるんだなーって。
空を飛んで、宇宙に出るの。
五十年の時間を旅する船に乗って、あの小さな星から地球を探して・・・・・・。
「あたしたちも見える? あの星に立ったら、五十年前の」
「スゴイ望遠鏡ができたらね」
「できるの?」
「うん」
こうして見上げるあの宇宙を、いつかあたしたちも旅をする。
宙の向こうから、星の光。きらきらの光が空にいっぱい。
ずっと願いごとを唱え続けていたら、どこかの空の流れ星に届くかな。消えるまでに三回。三回唱えたことはほんとになるんだよね。
あぁ、だけど、願いごとなんて。この空を見てるだけで、叶ってる気がする。
「この光も、長い旅をしてきたんだね」
「うん、すごいだろうなぁ」
宙の旅は、どんな気分なんだろう。
真っ暗な闇に、やっぱり底はないのかな。
今のあたしたちも、長い長い旅をして、遠い星に届くんだ。
五十年後。あの星のおっきな望遠鏡で、地球の今を見る颯太と一緒にあたしがいたら、スゴイ。
ふしぎ。そうだ、手を振っておこう。
あ、七夕の短冊。
おつきさまにいきたい颯太の横で、あたしは、おほしさまにのりたいなんて書いたこと。
いま、思い出した。